電話も馬もおなじことだったんだよね

なんとなく『荒野の決闘』を眠りかけながらみていたら、最後のシーンで馬のうえからヘンリー・フォンダが、「あなたの名前が好きです。クレメンタイン」と言った。西部劇じゃないようなきがして、起きあがって巻き戻して、もういちど見たら、もういちど、ヘンリー・フォンダが「あなたの名前が好きです。クレメンタイン」と言って、わたしとかの女の前から馬で去っていった。

わたしはともだちに言った。「こんな台詞だったんだよ、びっくりした、口語がとびでてきたんだよ、鉄砲とかそういうのじゃなくてね、あなたの名前が好きです、って。すなおなことばが飛び出した」「うそ、ヘンリー・フォンダはそんなふうに言ってなかったとおもう」「でも、今は、そうなってる」

たしかに西部劇なんだよな、とわたしは思った。西部劇だ。でも、あるひとりのにんげんが、さいごにひとりのにんげんにむかって、「好きです」といった。ほんとうにただそれだけを言って去っていった。馬は「好きです」といえたひとを乗せて走ってる。いいものをわたしはみたんだ、とわたしはおもった。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター