風の中苺をあげにゆく

山頭火にこんな句がある。

  ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない  山頭火

山頭火を読んでいると、たびたび、わたし、が出てくる。自選句集『草木塔』のさいごにも、「私は私の愚を守らう。」と書いてある。わたし、わたし、なんどもなんども、わたしはわたしで、わたしはわたしの、をくりかえす。

山頭火にとって、どこまでも、あるいてゆく場所は、わたし、というくさはらだったんじゃないかなと、思う。あるいて、わけいって、あるいて、わけいって、わたし、を抜け出ようとするんだけれど、けっきょく、わたしはわたしで、に気がついてしまう。ふくろうはふくろうだし、あなたはあなただし、わたしはわたしだ。分け入っても分け入っても青い山、がわたしの正体のようにひろがってゆく。

去年の春、ステイホーム、とわたしは言われた。家に帰ってテレビをつけたら、ふっとそうわたしは言われた。ステイホーム、家にとどまりなさい。わたしは鞄をおろした。

山頭火にとっては、ステイ私、私にいろ、だったんじゃないかとおもう。わたしじしんにとどまりなさい。わたしの場所であるきつづける。そのなかで、わたしのここが広がって、句になってゆく。わたしがわたしのままで、あなたのところにうごいている。わたしはそれを感じている。わたしは明日このわたしのままあなたに会いにいく。風の中を会いにいく。こういう句もあった。

  風のなか米もらひに行く 山頭火


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター