【第46回】


すごいぞ京成電鉄の成田空港「アクセス特急」
 老いた母の処遇について話し合いをするため、身を置く福岡の姉の家へ。往復の航空券チケットをなるべく安く、妻に取ってもらうとそれが成田空港の発着便。成田を使ったのはこれまで片手の指を折って数えられるほど。少なくともここ10年は使っていないからアクセス等不安である。しかも、安いチケットの場合はそうなるらしいが、第3ターミナルという、成田空港の離島のような、かなり離れた場所からの搭乗だ。
 搭乗手続きにも不安があるので、1時間以上前に空港へ着いておきたい。成田エクスプレス、京成スカイライナー、東京駅からリムジンバスを使うのが、成田空港アクセスの定番であろう。しかし、時間に余裕をもってスケジュールを立てるから、有料特急(京成スカイライナーで1250円)を払う必要はない。緊縮財政の折り、少しでも安くというのが優先される。そこで、あれこれネット検索して見つけたのが「アクセス特急」だ。説明が面倒なので、「ニコニコ大百科」の解説を以下そのまま借りることにする。
「成田スカイアクセスの開業ともに設定された種別。成田空港へ同線を経由し、特別料金不要の直通・速達列車として設定された。ほぼ40分サイクルで運行されている。北総鉄道と千葉ニュータウン鉄道線内では京成電鉄との共用駅以外に停まらないため特急よりも停車駅が少なく、所要時間の面から見ても京成本線の「快速特急」と同等の位置づけの列車として運行されている。スカイライナーには及ばないが、料金不要列車としては京成線内最速種別で、高砂~成田空港間は列車によるが快速特急より概ね10~20分程速い。ただし、運賃が京成本線ではなく成田スカイアクセス線になる為、特急料金は不要だが、200円程度(発駅により異なる)差額で高くなる。また、途中経路が異なる為、単純な快速特急の上位互換ではなく相互互換の関係にある。」
 いろいろ書いてありますが、ポイントは特急と名はつくが特急料金は不要であることと、各種有料特急と比べて、時間的にもさほど変わりないという点にある。まったく知らない路線であったために今回飛びついた。
 私が使う最寄り駅の「国立」駅から中央線「お茶の水」駅で対面ホームに来る総武線に乗り込み2つ目の「浅草橋」で下車。そこから地下鉄の都営浅草線「浅草橋」ホームで待つと、「アクセス特急」が滑り込んでいる。土曜日7時06分の「下り」ということもあってか空いている。京成線に接続してからは、どんどん途中駅をすっ飛ばして難なく1時間ほどの乗車で成田空港(第1・第2ターミナル)に到着。最寄り駅からの所要時間は2時間強。料金は1880円。京成スカイライナーをつかえば、1時間40分だが特急料金を含み3170円かかる。私のように若き日は勤労学生で貧乏が毛穴にまで染みついた人間にとって、差額1290円がありがたく快感なのである。
 第3ターミナルへは、第1・第2の建物からいったん外へ出て、足元に表示されたラインをたどり650メートルほど歩く(所用時間は私の足で13分ほど)ことになるが、これだって、2時間近くずっと電車の座席で固まっていた身体をほぐすのにちょうどいい。ジェットスターの航空運賃は成田~福岡の往復で2万円を切る。5時間かけて東京駅から新幹線に乗る片道運賃より安い。「(鉄道運賃が)1290円浮いたぞ」という快感が加算され、「ほんまでっせ、安いのが何言うても得と違いまっか」と船場商人のような心境である。
 福岡は数日かなりの雪が降った。成田からの便は「悪天候などの場合、機長判断で成田空港へ引き返す条件付き」と電光掲示板に表示され、びくびくしていたが定時発着の定時到着で揺れも少なかった。翌日、夜の戻りは搭乗手続きなど1度体験しているため、ことのほかスムーズでこれも定時に成田着。航空機のタラップを降りて、そこからバスに乗り換えてターミナルへ運ばれるという初めての体験もした。第3ターミナルに着いたのが21時10分ぐらいだったか。帰りも「アクセス特急」を、と思ったが、第1・2までの時間を考えるとどうも間に合わない。そこで、すごいことを思いついた。
 じつは、この日「青春18きっぷ」の第5回めが期限最終日(1月10日)で残っていた。そこでJRを使い、普通と快速、特快を乗り継ぎ帰還することにした。「国立」駅へ着いたとき、すでに日付が変わっていたが、さほどの徒労感もないと感じた時、「おれって、今年64になるけど、まだまだやれるじゃん」と自信がついた。
 変な話ですいません。


小田原駅「箱根そば」券売機で立ち往生
「青春18きっぷ」を使って小田原へ。小田原駅から延びる「大雄山だいゆうざん線」に乗ってきた。終点「大雄山」駅からバスで「最乗寺」を詣でる。これが初詣となる。山の上にある最乗寺は、こんなに広大な敷地を持つ立派な寺とは知らなかった。各種七堂伽藍がより集まる、お寺のテーマパークみたい。このことを書くと長くなる。
 小田原駅へ戻り、ここで昼食。駅構内の小田急線改札脇にある「箱根そば」でミニカツどん+そばのセットを。「箱根そば」は小田急レストランシステム経営のチェーン店で、新宿駅はじめ小田急線の駅にある。私がいちばんよく食べたのは小田急線「登戸」駅の同店。南武線「宿河原」駅周辺に住んでいた頃、小田急線に乗り換える時、よくここでかき揚げそばを食べた。ただし、乗り換えまでの時間が5分ぐらいしかなく、2~3分でかきこみ、そのあと小田急線のホームめがけて階段を駆け上がり電車に乗るのだった。急行を1本逃すと、時間待ちとなり、後のスケジュールが狂う。そのための荒行だった。
「箱根そば」を食べるのは、だからじつは久しぶりではないか。店頭に2台ある券売機で、腹がぺこぺこだったのでカツ丼とそばのセットをタッチパネルで注文したのだが、券が出てこない。なんでだろう。もたもたするうち、後ろに数人の客が並び始めた。再度、目当てのメニューにタッチ。お金も入れたのに、どうもうまくいかない。そこで、同じ画面の右に、選択したメニューが2つ、小さな四角に囲まれて表示されていることに気づいた。その2つの区別は「温かい」「冷たい」だったか。とにかくそちらをタッチ。ようやく起動して、ぶじ食券を得た。

 これは私が悪いのか。いやいや、そういえば、私が券売機に近づいていく時、先客がやはり同様のしぐさで困惑していた。たぶん、彼も分からなかったのだと思う。慣れている常連客なら目をつぶってでもできることが、そうではない客にとって困惑の対象になるというのはじつはよくある。たぶん、画面のどこかに文字で指示が出ていたのかもしれないが、注文のタッチパネルは情報量が多いからね。これは慣れるしかないのか。
 そんなわけで、「箱根そば」の味については申し訳ないが何とも言えない。

「ここに泉あり」シナリオ本
 私の涙をふりしぼる感動の映画はいくつかあるが、その中でもトップクラスが今井正監督『ここに泉あり』(1955年)。日本初の市民オーケストラ「群馬交響楽団」草創期の苦難の物語。運営資金稼ぎに出前演奏とでもいうべき巡業をするのだが、戦後間もない、食うや食わずの時代にクラシック音楽というものへの理解が乏しく、理想と現実のギャップを知らされる楽団員たち。その泣き笑いが描かれる……とここまで書いて、あまりいい解説でないことに我ながら驚いているが、まあお許しください。
 その映画のシナリオ本を古本屋の店頭で見つけ100円で買った。これはうれしかった。映画自体は7,8回見ているが、シナリオを読んで、ああそうなのと思ったことがある。映画で感動的なシーンのひとつ、彼らがハンセン病施設で演奏する。世の中から打ち捨てられ、喜びを知らぬ患者たちが美しい音楽に聞き入り、静かな感動を覚える。その施設が実在するもので上信越国境の「草津楽泉園」だとシナリオで知る。
 草津温泉は古来、ハンセン病患者の湯治場であり、草津町の一角には「湯之澤」という、患者たちが住む集落があったという。それが発展し、昭和7年に国立療養所となったのが「草津楽泉園」であった。群馬交響楽団の演奏を聴き「音のない拍手」が起こる。包帯を巻いた不自由な手のため、音がないのであった。しかし、それだけにより感動の深さが伝わる演出がなされていて、涙なくしては見られない。

 小学校の講堂で演奏するも、まともに聴く者はなく、子どもたちは大騒ぎし、退屈する大人は帰っていく。学校を後に、がっくり首を垂れる楽団員。そこへ少女が近づいてきて、かの子(岸恵子)に、おずおずと野で摘んだ花を差し出す。互いに笑みがこぼれ、かの子は歓喜し、「どこかにああいう子が居てくれれば、あたし遠くてもやってくる」と叫ぶ。ここも涙なくしては見られない。
 シナリオ本は粗末な紙で綴じられた軽装本で、映画タイムス社「シナリオ文庫」の1冊。定価は30円。現在の300円ぐらいか。裏表紙の広告は銀座4丁目の喫茶店「茶房 らんふぁん」。「映画のあとの憩いのひとときを/味と香りは近代エッセンス」なんて書いてある。日比谷の映画街で心温まる映画を観て、銀座の喫茶店で余韻を楽しみながら時を過ごす。これは最高のぜいたくではなかったか。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)


『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』(春陽堂書店)岡崎武志・著
小説、エッセイ、詩、漫画、映画、ドラマ、墓碑銘に至るまで、自らが書き留めた、とっておきの名言、名ゼリフを選りすぐって読者にお届け。「名言」の背景やエピソードから著者の経験も垣間見え、オカタケエッセイとしても、読書や芸術鑑賞の案内としても楽しめる1冊。

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。