すきなひとのうしろにまわる

山頭火について対談させていただく機会があって、そのときふっと、尾崎放哉のことをかんがえた。山頭火が世界にまったりととけ込んでゆくのにたいして、放哉は、世界にたいしてきょりをとり、おどろいていたんじゃないかと思う。

  ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる  放哉

山頭火なら鶏といっしょにてがみをよみそうなところを、放哉は、鶏に手紙を覗かれたんだ、と言い放つ。鶏にたいしてびっくりがあり、距離があり、このひとは他者なんですよ、という態度がある。

  すばらしい乳房だ蚊が居る  放哉

すばらしい乳房のなかに、放哉は入ってゆかない。乳房から即座に蚊のほうに集中が殺がれてしまう。あっ、蚊、いるじゃん、と。乳房がすばらしかったのに、にもかかわらず。蚊にびっくりしている。ゐる、と。

ときどき、どうして、ラーメン山頭火、はあって、ラーメン放哉、はなかったんだろうなとおもうことがある。それは、山頭火が、世界にとけこみ、ぐるりの世界をわが道として、えいえんにあるきつづけたのにたいして、放哉はラーメンがあったとしても、あるきつづけていたとしても、あ、蚊、あ、鶏、とすぐに集中力がそがれちゃったからじゃないか。試験の勉強をしているときに、部屋の掃除をはじめてしまって、そこで見つけた思いがけないものに詩を見いだしてしまうひとのように。だから、やっぱり、うらがきになっちゃうんだよなあ、とおもう。せっかく集中してたのに、あれ、うらどうなってたっけ、俄然、うら、がきになってくる。それで、

  墓のうらに廻る  放哉


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター