柏木 哲夫

【第4回】川柳で怒りを治める

 川柳を作ることによって、怒りや腹立ちを、うまく治めることができる場合があります。私の実体験をお話ししましょう。
 地方都市で医学の学会があり、参加しました。会場で久しぶりに医学部の同級生に会いました。学会の1日めが終わり、ホテルに帰る準備をしていたところ、彼が「僕の実家を見てほしい」と妙な提案をしました。早くホテルに帰って休みたかったのですが、彼があまりに熱心に誘うので仕方なく彼が運転する車に乗りました。寂れた田舎道をかなり走り、やっと田んぼの真ん中に建っている何の変哲もないわらきの家に着きました。「どうだ、ひなびたいいところだろう」と彼は自慢げに言いました。仕方なく「うん」と答えましたが、何の感動も湧きません。早くホテルに帰って休みたいという思いだけが心を占めました。ホテルに着いてホッとした時、自分自身に腹が立ちました。なぜ断らなかったのかという思いでした。こんな時、そんな思いを川柳として表現すれば腹立ちが治まるという経験をしているので、そんなことを考えたのでしょう。そこでできた川柳
  鄙びてるじっくり見れば寂れてる
 食べ物の恨みは怖いと言います。「恨み」は川柳の題材になりやすいようです。新幹線に乗る前に簡単な昼食をとろうと駅地下街の「大衆食堂」的な店に入り、「エビピラフ」を注文しました。びっくりするほど早く、「おまちどうさま」という声とともに「エビピラフ」が届きました。「あまり待ってませんが」と言いたいほどのスピードでした。早く来たのはよかったのですが、皿には「ご飯」が山盛りなのですが、エビの姿がありません。ご飯を掘り返してみるとやっと一匹見つかりました。
 充分混ぜないで皿に盛ったので、たまたま、エビがいないご飯だけの「エビピラフ」が届いたのでしょう。「腹立ち」よりも「がっかり」でした。食後、川柳が一つ出来上がりました。
  エビピラフ一匹だけとはひどすぎる
 これは新聞に載りました。
 エビにまつわる川柳をもう一つ。これも「大衆食堂」的な店で、「てんぷらうどん」を注文しました。なぜこんなに時間がかかるのかと思うほど待たされて、やっと「てんぷらうどん」が届きました。かなり大きなエビが2匹のっていました。期待してかぶりついたのですが衣だけでした。全体を大きく見せるためにかなり大きい着物を着せたようです。少し腹が立ちました。店を出てすぐに川柳ができました。
  エビフライ最初の一嚙みエビいない
 これは新聞に載りませんでした。





『柏木哲夫とホスピスのこころ』(春陽堂書店)柏木哲夫・著
緩和ケアは日本中に広がったが、科学的根拠を重要視する傾向に拍車がかかり、「こころ」といった科学的根拠を示せない事柄が軽んじられるようになってきた。もう一度、原点に立ち戻る必要性がある。
緩和ケアの日本での第一人者である著者による「NPO法人ホスピスのこころ研究所」主催の講演会での講演を1冊の本に。


この記事を書いた人
柏木 哲夫(かしわぎ・てつお)

1965年大阪大学医学部卒業。同大学精神神経科に勤務した後、米ワシントン大学に留学し、アメリカ精神医学の研修を積む。72年に帰国後、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。日本初のホスピスプログラムをスタート。93年大阪大学人間科学部教授に就任。退官後は、金城学院大学学長、淀川キリスト教病院理事長、ホスピス財団理事長等を歴任。著書に『人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと』(幻冬舎)、『人はなぜ、人生の素晴らしさに気づかないのか?』(中経の文庫)、『恵みの軌跡 精神科医・ホスピス医としての歩みを振り返って』(いのちのことば社)など多数。