蝶 いつもわすれちゃう

ひとに、「あの、あそこいたんです、チョコクロワッサンの買えるカフェに、でも、いつもわすれちゃう、映画でいつもここでねちゃうみたいなかんじで、いつもわすれちゃうんです、そのカフェのなまえ」「ああ、サンマルク」

昔はサンマルクの名前がすぐに出てきていたのに、さいきん、サンマルクよりチョコクロワッサンのほうが先にでてきて、チョコクロワッサンがでたしゅんかん、もうサンマルクの名前を出せなくなってしまう。たぶん、なにかのそういうシステムにひとり入っていったのだとおもう。だれかが、ここちがう、といって、手をつかんでひっぱりだしてくれるまで、待つしかないんだよなあ、と思う。

こないだ、クリームソーダ(七色)というメニューがあって、クリームソーダ(七色)を頼んだら、一色好きな色を選んでください、といわれて、そうかそうだよな、七色のクリームソーダがきて、あなたのめのまえで、こんなの頼んじゃってすみません、なんだか大事にしてしまって、と言いながら、アイスにスプーンをつっこんでゆく、そういう未来なんてないんだよな、と思いながら、わたしは、青色を選んだ。でもとっさに、やっぱりちがうそうじゃない、緑色にしてください、と言って、緑色のクリームソーダをお願いします、とわたしは言った。

そう、緑色のクリームソーダなんだ、とわたしは思った。そうしてレムの『ソラリス』に書いてあった「ぼくはあした、緑色のクラゲになっているかもしれないんだよ」ということばを思い出した。昔なんどか繰り返し声に出して読んだ。あなたにつたえたこともある。こう、つづく。「でも、自分たちの力でできることは、二人でいっしょにやっていこう。それで十分じゃないか」


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター