春の光 苺どんどんふくらんで

佐藤文香さんの句集『君に目があり見開かれ』を読み返していた。好きな句のなかでもいちばん好きな句はこれだと思い、ノートに写した。

  春の光ぼくは眠る君は起きてゐて  佐藤文香
  (『君に目があり見開かれ』)

きみのめのまえにぼくはいるけれど、そのままのかたちで、ぼくはきみのまえから今去ってゆく。光はふたりをつつんでいるが、ぼくはまぶたをとじて別れを告げる。たぶんまたすぐ会えるけれど、それは数時間後だ。それにぼくが去ったあと、きみはひとりでいなければならない。なにかうつくしいものをみたり、かなしいことをきいたりしても、きみはひとりでそれを受け止めなければならない。ぼくときみのあいだがらは、切れたり繋がったりする。その、あいまあいまに光。

むかし、カフカの伝記を読んでいたら、カフカの最後のことばが載っていた。「いかないで」とカフカがいう。「ええ、だいじょうぶ、そばにいるわ」

「ううん、ちがう。ぼくがゆく」

ほんとうかどうかはわからないけれど、この銀河のどこかでカフカはそんなふうに言ってこの世界を去ったようなきがする。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター