柏木 哲夫

第5回 日常生活と川柳

 日常生活の中で「これは面白い」と思える経験は誰にでもあると思います。しかし、それを五七五の川柳にまとめようと思う人はそんなに多くないと思います。川柳を作り始めてから30年近くになりますが、その多くは日常生活での経験に基づいています。その一つを紹介します。病気の友人の見舞いに花をと思い、駅前の花屋に寄りました。どれにしようかと迷っている時、中年の女性客が入ってきました。時々花の匂いを嗅いでいます。一つの鉢の前に立ち止まり、花に顔を近づけて一言、「いい匂い!!」と言いました。しかし、その鉢は「造花コーナー」のものだったのです。本物の花の匂いが漂ってきたのかもしれません。そこで一句
  いい匂い 客が造花の鉢に言う
 これは新聞に載りました。
 もう一つ、駅の通路での経験です。向こうから歩いてきた中年の紳士が立ち止まり、おもむろに頭をさげ、丁寧に挨拶……と思ったのですが、靴の紐を結び始めました。そこで一句
  挨拶と思えば靴の紐結び
 これも新聞に載りました。
 病院の廊下で何度も体験したことですが、そのうちの一つ。一人のご婦人が「先生、おはようございます。その節はどうもお世話になりました。お蔭さまで主人、すっかり元気になりました。ありがとうございました」とご挨拶。「いえいえ、どういたしまして」と言ったものの、多くの患者さんを診ているので、いつ頃、どんな患者さんだったか思い出せません。
 そこで一句
  その節はどうもと言うがどの節だ
 出張で新幹線はよく利用するので新幹線がらみの川柳を紹介します。広島の病院での講演のため、新幹線に乗りました。途中眠気におそわれ、ついウトウト。背中に揺れを感じ、広島に着いたと思い、あわてて降りようとしたところ、背中で感じた揺れは発車の揺れでした。次の停車駅は小倉。講演の前に広島駅で人と会う約束をキャンセルして、講演にはギリギリ間に合いました。帰りの新幹線で、できた川柳
  揺れ感じ起きたら発車の揺れだった
 新幹線がらみの川柳をもう一つ。降りる時、左右どちらのドアが開くか分からない時があります。あらかじめ車内の電光掲示板で確かめるのを忘れた時は予想するほか、ありません。そんな時にできた一句
  予想とは逆のドア開く新幹線
 小さな失敗談をもう一つ。仕事で遅くなり、疲れも重なり、飛び乗った電車で座った途端にウトウト。目が覚めて降りた駅の様子がすこし変。その理由を川柳で
  ふと目覚めあわてて降りたら前の駅




『柏木哲夫とホスピスのこころ』(春陽堂書店)柏木哲夫・著
緩和ケアは日本中に広がったが、科学的根拠を重要視する傾向に拍車がかかり、「こころ」といった科学的根拠を示せない事柄が軽んじられるようになってきた。もう一度、原点に立ち戻る必要性がある。
緩和ケアの日本での第一人者である著者による「NPO法人ホスピスのこころ研究所」主催の講演会での講演を1冊の本に。


この記事を書いた人
柏木 哲夫(かしわぎ・てつお)

1965年大阪大学医学部卒業。同大学精神神経科に勤務した後、米ワシントン大学に留学し、アメリカ精神医学の研修を積む。72年に帰国後、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。日本初のホスピスプログラムをスタート。93年大阪大学人間科学部教授に就任。退官後は、金城学院大学学長、淀川キリスト教病院理事長、ホスピス財団理事長等を歴任。著書に『人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと』(幻冬舎)、『人はなぜ、人生の素晴らしさに気づかないのか?』(中経の文庫)、『恵みの軌跡 精神科医・ホスピス医としての歩みを振り返って』(いのちのことば社)など多数。