でも、できます。の世界にはいる

すこしこころがうろうろするようなきもちになって、『桜桃の味』を観ていた。しにたがる男は、くるまで、砂の車道を、ずっとうろうろしていく。行き当たりばったりでひとを乗せては、わたしがちゃんとしんだときわたしを確認してくれないだろうか、と頼みこむ。ことわられて、おりられる。

どうしてだろう。そんなにしにたがっていたおとこなのに、ある鳥の解剖の教室をひらいている老人を乗せたことで、ふと変わる。おとこはしぬつもりなのに、彼は彼を裏切って生のほうに傾いていく。でもまだ死ぬつもりだ。でも。かれが老人からきいたのは桜桃の味の話。きみはあのとき食べた桜桃の味をわすれてもいいのかと。

わたしはうろうろしている。ときどきこの世界では、そうと決めたことがそうと決めたことになってゆく。

図書館の前を通ったら 、「でもできます。」と張り紙が張ってあった。

いつもそうなんだろう。でも、がやってきて、できる、も同時にやってきて、仕事を終えただれかがこの世界ではやっとだれかに、きょう、会いにゆくんだろう。

ドアを開ける。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター