せきしろ

#2
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。第2回目は次の2本。

切られる花を病人見てゐる
  大正一四年 『層雲』一二月号 島の祭(三一句)
葬式のきものぬぐばたばたと日がくれる
  大正一四年 『層雲』三月号 万象一堂(一八句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 切られる花を病人見てゐる
病院で診察の順番を待っていた。私の他にも何人もの人がじっと待っていた。体調が良くなくて診察を受ける人が元気であるわけではなく、多少元気な人であっても診察を受ける緊張と不安でいっぱいであるから動きまわることはない。皆、自分の名前が呼ばれる時を静かに待ち続けていた。
その病院は新しくて綺麗で、陽が差し込む明るい待合室だった。付き添いで来た私は大きいガラス窓の向こうを見ていた。そこには真夏の景色が広がっていて、木々が輝き、建物の白い壁がさらに輝いていて眩しかった。停められている自転車の影が黒々と濃くて、それもまた夏で、きっとハンドルもサドルも熱いことだろう。そんな景色の中で無数の蝉が鳴きまくっているはずなのだが、厚いガラスはそれをシャットアウトしていて、院内を歩く足音が聞こえるだけだった。
作業着の人が病院の敷地内で伸びた雑草を刈っていた。草刈り機を使っているがその音も聞こえてこない。その人は首にかけているどこかの企業の名前の入った白いタオルで何度も何度も汗を拭っていた。タオルは許容範囲以上の汗を吸い取ったのか重く垂れ下がっていた。
今朝家を出た時点ですぐに暑くて汗が出てまとわりついてきたことを思い出した。今は気温がさらに上がっていることだろう。グレーのTシャツを着た通行人の背中は濃くなっていた。
しかしこの快適な温度に保たれている待合室にいるとそれは他人事だ。涼しさ、それがこの場所の唯一の利点かもしれない。
草刈り機は真っ青な草を鮮やかに切り続けている。無音の中、生から死への過程が続いている。私は目を逸らした。


 葬式のきものぬぐばたばたと日がくれる
友人がよく「死にたい」と言っていた。私はいつも「そうか」と言って、太宰治の一節を話した。
死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。
すると次の季節の服を買おうということになり、通販サイトで服を見て、「これが良い」とか「こっちの色にしよう」とかあれこれ言っているうちに落ち着いた。そんなことが何度も続いた。きっと友人の家は服だらけだろうと想像した。
やがて少しずつ「死にたい」という言葉が多くなってきて、暇があればそう言うようになってしまった。風貌は変わりはじめ、周りに迷惑をかけることが多くなっていって、だんだんと疎遠になっていった。それでも、メールがくれば太宰の話をしたが、友人は仕事も辞めて服を買うお金もなくなってしまっていた。
やがてメールは「死にたい」から「死にます」に変わっていった。「今から死にます」というメッセージが来たら、返事をして引き止める、そんな状態が続いた。「好きな漫画の新刊が出るからそれまでは」とか「好きなバンドの新譜が出るからそれまでは」とか「あのゲームの新作が出るからそれまでは」など、服以外の話もし続けた。
ある日、返事をしなかった。自分のことで精一杯になっていた時で後回しにしてしまったのだ。正直面倒になってしまったのもある。
それが最後のメールになった。
私は服を買い続けている。

『放哉の本を読まずに孤独』(春陽堂書店)せきしろ・著
あるひとつの俳句から生まれる新しい物語──。
妄想文学の鬼才が孤高の俳人・尾崎放哉の自由律俳句から着想を得た散文と俳句。
絶妙のゆるさ、あるようなないような緊張感。そのふたつを繋ぎ止めるリアリティ。これは、エッセイ、写真、俳句による三位一体の新ジャンルだ。
──金原瑞人(翻訳家)

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

放哉評伝(放哉文庫)』