せきしろ

#3
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。第3回目は次の2本。

畳を歩く雀の足音を知つて居る
  大正一五年 『層雲』新年号 島の明けくれ(三一句)
底がぬけた杓で水を吞もうとした
  大正一四年 『層雲』四月号 念念不離心(一七句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 畳を歩く雀の足音を知つて居る
公園に行くと青空の下で将棋を指していたので覗き込んだ。少し難しい顔をして「こいつ、もしかしたらかなり強いんじゃないか?」と思われるような振る舞いをした。ちなみに私は将棋をほぼ指したことがない。
2020年6月の終わりの新型コロナウィルスによる自粛期間中、散歩してその公園に行くと誰もいなかった。人の話し声はまったくない。その代わり他の音がはっきりと聞こえた。都会から田舎に行くと蛙の鳴き声や虫の声がうるさいほどに聞こえる時のようだった。
特に鳥の鳴き声が良く聞こえるようになった気がした。これほどまでに鳴き声が聞こえていたのに今まで気づかなかったなんて。いつも聞こえていたのはカラスか鳩くらいだったがそれはごく一部だったのだ。
まず驚いたのはウグイスの鳴き声だ。なぜならウグイスが鳴くのは春だと思っていたからである。もっと細かくいえばウグイスは花札の絵柄の印象が強くて、2月に活発になる鳥かと思っていた。調べてみるとウグイスは夏まで鳴くことがわかった。
もうひとつ驚いたのは夜中にカッコウの鳴き声が聞こえたことだ。そもそも鳥は明るい時に鳴くイメージがあって、夜中に鳴くのはフクロウくらいかと思っていた。こちらも調べると夜でも鳴くとのことだった。
時折「ギー」という鳴き声も聞こえてきてそれについても調べているうちに、キツツキが木をついている時は脳にかなりの衝撃を与えているという記事を見つけ、実は与えていないとする記事も見つけ、どちらかわからなくなって調べるのを止めた。
そんな私にスズメが近づいてきた。スズメとはいつも一定の距離があるものだと思っていた私は興奮し、我慢できなくなって手を伸ばしたらどこかへ行ってしまった。公園はまた静かになった。


 底がぬけた杓で水を吞もうとした
たしかサザエさんで眼鏡を探している波平さんが「わしの眼鏡知らないか?」とフネさんにきくと、「お父さんの頭の上にありますよ」と言うエピソードがあった。
子どもの頃はそれを見て「なぜ気づかないんだよ!」と不思議で仕方なかったし、「馬鹿だなあ」と思って笑ったものだ。しかし先日自分が同じような体験をした。
私は普段眼鏡をかけているものの最近は老眼が一気に進んでしまった。それでもしばらくは「絶対に老眼ではない」と認めずに抗っていたが、ついに本を読む時などは眼鏡を外すようになった。その方が俄然読みやすかった。
ある日、かけたり外したりを繰り返しているうちに、今はどっちの状態かわからなくなって、眼鏡を外しているのにさらに外そうとしてしまった。もちろんそこに眼鏡はないから空を切った指は顔面に当たった。また、眼鏡をかけているのに眼鏡を探してしまうことも起こった。いつしか自分が子どもの頃に笑っていた波平さん側になっていたのだ。
眼鏡といえば、外した時に置いた場所がどこだったかわかからなくなってしまうことがある。眼鏡がないと何も見えないから探すのが大変で、もはや地獄である。酔って寝た次の日はそうなることが多い。そこで眼鏡を探すため用の眼鏡を購入した。
眼鏡を見失ってしまう状態は本を読む時に外した時にも起こりうるので、眼鏡チェーンを購入した。さらにレンズが跳ね上げ式の眼鏡も購入した。これならいちいち外さなくてもレンズを上げるだけで本が読める。結果、跳ね上げ式の眼鏡にチェーンがつけられていて、万が一のために眼鏡を探す専用の眼鏡もあるという完全装備になった。ところがレンズを跳ね上げていることを忘れてしまったり、探す専用の眼鏡を見失ったりとなにも解決していない。
子どもたちよ、大いに笑ってくれ。

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

放哉評伝(放哉文庫)』