柏木 哲夫

最終回 老いと川柳

「シルバー川柳」という川柳集が毎年出版されています。公益社団法人 全国有料老人ホーム協会が主催するもので、毎年1万句前後の作品が寄せられるそうです。「シルバー」ですから、作者はお年寄りです。従って「老い」が題材になります。「老い」を面白おかしく表現するということで、人気があるようです。数年前に
  誕生日ロウソク吹いて立ちくらみ
という句が載り、思わず「上手い」と思いました。
 第20回シルバー川柳には、面白い句が多いのですが、その中の一つに
  じいちゃんの敵は段差とパスワード
というのがあります。老いの特徴である「足の弱り」を題材にする川柳はかなり多く、例えば、
  ついにきた畳のヘリにつまずいた
というのがあります。追い打ちをかけるようにもう一句
  つまずいた足元見るが何もない
 これらの老いに関する川柳の特徴は、ユーモアのセンスで「老いを吹き飛ばす」ということではないかと思います。老いたことを嘆き悲しむのではなく、「老い」を逆手にとって、「元気に老いてやるぞ」という気持ちを表現しているのではないかと思います。80過ぎてご夫婦で川柳を楽しんでおられるお二人を知っています。ある会でお会いし、奥様が最新の川柳を披露してくださいました。思わず大笑いしました。
  合わぬはず爺ちゃんそれは私の歯
 総入れ歯になっても、それを川柳にして笑い飛ばす…元気老人の見本を見た思いでした。
 私は現在81歳ですが、10年ほど前から、「歳をとったなあ」と思うようになりました。もう10年も前の話になりますが、ホスピス病棟で実際にあったことです。回診の途中で患者さんの外泊について話し合うため、医師とナース数名で、カンファレンスルームに入りました。話し合いは10分ほどで終わりました。席を立って部屋を出る時、奇妙なことが起こりました。ドアをノックしたのです。自分でもびっくりしました。認知症の始まりかと思いました。幸いその後は同じことは起こりませんでした。自分では「単なる思い違い」という診断をつけました。その時の体
験を川柳にしました。
  少しボケ部屋から出る時ノックする
 歳を取ると川柳の題材になるような体験が増えます。例えば
  メガネしたままで洗顔3回目
 これも私の実体験です。
 老人の不得意分野にコンピューターがあります。それが川柳の「ネタ」になることがあります。
 例えば
  ウィンドウズ窓は開けても閉められず
などは老人の苦労がにじみ出ています。




『柏木哲夫とホスピスのこころ』(春陽堂書店)柏木哲夫・著
緩和ケアは日本中に広がったが、科学的根拠を重要視する傾向に拍車がかかり、「こころ」といった科学的根拠を示せない事柄が軽んじられるようになってきた。もう一度、原点に立ち戻る必要性がある。
緩和ケアの日本での第一人者である著者による「NPO法人ホスピスのこころ研究所」主催の講演会での講演を1冊の本に。


この記事を書いた人
柏木 哲夫(かしわぎ・てつお)

1965年大阪大学医学部卒業。同大学精神神経科に勤務した後、米ワシントン大学に留学し、アメリカ精神医学の研修を積む。72年に帰国後、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。日本初のホスピスプログラムをスタート。93年大阪大学人間科学部教授に就任。退官後は、金城学院大学学長、淀川キリスト教病院理事長、ホスピス財団理事長等を歴任。著書に『人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと』(幻冬舎)、『人はなぜ、人生の素晴らしさに気づかないのか?』(中経の文庫)、『恵みの軌跡 精神科医・ホスピス医としての歩みを振り返って』(いのちのことば社)など多数。