《国境を越えて》 灰色の瞳
 1972年1月、「愛のくらし」の作曲者、アルフレッド・ハウゼさんが、私をハンブルクにある北ドイツ放送のゲストに呼んでくださったのです。
「愛のくらし」をドイツ語に訳して、ドイツのテレビ番組で歌う、という素晴らしい仕事。でも交通費は1人分しか出ないので、マネージャーなしで、ひとりで来てください、と。
 その頃、ヨーロッパとの往復チケットが56万円。まだ1ドル360円だった時ですから。
 その代わり、ドイツまでの往復でいろんな国を回って行ってもよい、ほぼ世界一周できるチケットだったので、私は、インド、イラン、レバノン、モロッコ、ポルトガル、スペインと回って、たっぷり40日間の旅をすることにしたのです。
 その旅の途中、パリへ立ち寄った時、レコード屋さんで勧められて買った南米の音楽のレコードの中にケーナ奏者ウニャ・ラモスのレコードがありました。
 あの頃、サイモンとガーファンクルが歌った「コンドルは飛んでいく」が大ヒットし、南米のフォルクローレが世界中でブームになっていたのです。
 それから結婚、出産、子育てなどてんてこ舞いの中で、それでも音楽だけはいっぱい聴けたので、私は中東ひとり旅で買ってきたレコードなどから、ルネサンスの音楽や、アラブの音楽や、南米音楽など聴きあさっていました。もちろんブームだったフォルクローレも色々聴いて、1973年7月の歌手復帰コンサートでは、「チャランゴ」や「谷間のカルナバリート」や「花祭り」などを歌っています。
 でもその中ではまだ「灰色の瞳」は登場していません。
 1973年、歌手復帰コンサートを7月に果たし、何かのラジオ番組に出演した時、長谷川きよしさんとばったり会ったのです。
 彼は、銀巴里に出演していた頃、歌を聴きにきてくれていた高校生でした。
 1969年、ラジオの深夜番組で彼のオリジナル曲「別れのサンバ」が放送されて 大きな反響があり、その後ギターのテクニックと声の素晴らしさが評価されて活動の場を広げていました。
 何というタイミングでの再会だったのでしょうか。
 その場で話が弾んでいるうちに、1973年の秋に、彼の企画している「ふたつの顔シリーズ」に出てくれないか、ということになったのです。
 私は喜んで引き受け、せっかくなら、二人の音楽の深いセッションで世界の音楽をいっぱいレパートリーにしようよ、と提案。それから中東ひとり旅の中で膨らんでいた私の音楽魂が、一気に広がりました。
 彼の得意なブラジルのサンバからもたくさん曲が見えてきて、「コンドルは飛んでいく」などのポピュラーな歌もデュエットにすることでグッと幅が広がる感じでした。
 最後に私が選んだのがウニャ・ラモスの「灰色の瞳」でした。
 ケーナの演奏曲で歌はありませんが、とってもメロディが綺麗なので、歌詞をのせてみたら、すんなり歌いやすいデュエットソングに仕上がりました。
 秋のコンサートでは、この歌が一番の人気で、アンコールにもう一度歌ったくらいでした。
翌年1月にレコーディング、その年は二人のジョイントコンサートで日本中を歩きました。
日本でのフォルクローレブームもさらに盛り上がり、ケーナ奏者、ウニャ・ラモスさんの来日コンサートも実現したのです。
 ラモスさんはアルゼンチンの北西部、ウマウワカの出身。フォルクローレブームに押されて、フランスでの活動を中心に世界での演奏活動を行っていました。お陰で素晴らしいクオリティのレコーディングで彼のオリジナル曲を聴くことができたのです。
「自分の国にいるうちは、ケーナは誰でも吹いているただの笛だったけれど、フランスで演奏することで音楽として認められることになったのです」と語っていました。
 タイトルの「灰色の瞳」は、彼がフランスで出会った女性の瞳の色のことだそうです。
 人々は長い歴史の中で、本当にたくさんの旅をしてきました。そして音楽は旅人にとって、遠くへと旅をするための翼です。
 世界中に素晴らしい音楽が花開き、その音楽が旅人とともに旅をすることで、少しずつ生まれ変わり、新しい音楽になっていく…。私も音楽旅人であることができて、本当に幸せだった、と思います。

ウニャ・ラモスと東京にて。1995年

(写真は筆者提供)

灰色の瞳(Aquellos Ojos Grises)

作詞:ティト・ベリス 訳詞:加藤登紀子
作曲:マリアーノ・ウニャ・ラモス 編曲:山木幸三郎

枯野に咲いた小さな花のように
なんて淋しいこの夕暮れ とどかない想いを抱いて
なんて淋しいこの夕暮れ とどかない想いを抱いて
私の大事なこの笛のうたう唄を  
あなたは聞いているのだろか どこかの小さな木の下で
あなたは聞いているのだろか どこかの小さな木の下で
澄んだ音色で響くこの笛
あなたは聞いているのだろか 泣きくたびれた笛の音を
あなたは聞いているのだろか 泣きくたびれた笛の音を
山は夕暮れ夜の闇がしのびよる  
あなたは何処にいるのだろか 風の便りも今はとだえ
あなたは何処にいるのだろか 風の便りも今はとだえ
山の坂道一人で歩いて行った  
あなたは今も唄っている 彼方の空に声が聞こえ
あなたは今も唄っている 彼方の空に声が聞こえ
一人ぼっちで影を見つめる
あなたは何処にいるのだろか 風の便りも今はとだえ
あなたは何処にいるのだろか 風の便りも今はとだえ
ララララ…………

 (P)1974 SHINKO MUSIC ENTERTAINMENT CO., LTD.
 Licensed by SHINKO MUSIC ENTERTAINMENT CO., LTD.
 2021年9月1日発売 3枚組CD『花物語』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 
この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。