《運命の人と》 愛の讃歌
 エディット・ピアフの代表作。日本では越路吹雪さんの歌で大ヒットしました。歌手になった初めの頃は、よくその岩谷時子さんの訳詞で歌っていましたが、その後、ピアフ自身の書いた原詞とその頃のピアフの人生を知ってからは、歌うならこの原詞の意味を伝えたい、と思うようになりあまり歌わなくなっていました。
 1989年初めてとなるフランスでのコンサートのために、エディット・ピアフの人生を語るオリジナル曲も作り、「愛の讃歌」も私自身の日本語訳で歌うことにしたのです。1999年、新日本フィル・オーケストラとの共演でコンサートを開き、ライブレコーディングした時も、コンサートのメインプログラムがこの曲でした。
 エディット・ピアフが生まれたのは1915年、奇しくも私の母と同じ年。ヨーロッパでは第一次世界大戦の最中で、彼女はベールビール通り72番地の路上で生まれたと言われています。
 祖母の娼婦小屋で6歳まで育てられ、その後大道芸人だった父と共にサーカスや路上生活で成長し、19歳の時に路上で歌っている時にスカウトされて大スターになったという、伝説的な人物です。
 1963年47歳の若さで亡くなった時、19歳の私は彼女の最期を伝える報道に興奮し、歌手を目指すに至ったのです。
 詳しくは私の著書『愛の讃歌―エディット・ピアフの生きた時代』(徳間書店)の中に書いていますが、この歌の誕生は、フランス人で初めて世界ミドル級チャンピオンになったボクサー、マルセル・セルダンとの大恋愛がきっかけになっています。
 戦後のピアフはアメリカでの成功を目指し、やっとそのアメリカで歌姫としての人気を博した頃、アメリカで活躍するマルセルと恋に堕ちます。1949年10月27日「ヴェルサイユ」という劇場で歌っていたピアフ。マルセルが「これから船でニューヨークに向かうよ」と伝えた時、「そんなこと言わないで飛行機に乗って飛んできてちょうだい」と言ったのです。その言葉に乗せられてマルセルはその夜の飛行機でニューヨークに向かったのですが、なんということか、その飛行機が経由地のアゾレア諸島の空港の近くで墜落、亡くなってしまいます。
「愛の讃歌」はこの事故のあった半年後に、ピアフ自身の歌でレコーディングされますが、まさしく、この悲痛な事故そのものが歌になったような曲として大ヒットとなり、彼女の代表作になりました。
 私がこの歌を欠かさずコンサートで歌うようになっていた2002年、私の夫が他界しました。
 それでも容赦なく続くステージで、この「愛の讃歌」を歌おうとしたある時、2番の歌詞をどうしても歌えなくなってしまったのです。
 「もしもあなたが死んで 私を捨てる時も
  私はかまわない あなたと行くから」

 この状況の中でこの歌詞を歌う、そのあまりのリアリティに、中途半端な気持ちで歌ってはいけないと思ったのです。
 しばらく、コンサートで歌うことをやめていましたが、ある時どうしても歌いたくなって、その時2番を思い切り高らかに歌いきってみたら、見えたのです。
 ピアフ自身が恋人を亡くした後にこの歌を歌った気持ちが!
 「広い空の中を あなたと二人だけで
  終わりのない愛を 生き続けるために」

 歌っている時、人は無限に自由です。
 その心の中では死者と生きることもできる!
 ピアフはきっとこの歌の中でいつでもマルセルと共にいることができたのだ、そう思ったら「愛の讃歌」を歌うことが私には大きな力になりました。
 永訣によって愛が永遠のものになる!
 この発見は、その後もさまざまな限界にぶつかるたびに、私を奮い立たせてくれます。

2016年出版、著書『愛の讃歌』

(写真は筆者提供)

愛の賛歌
作詞:エディット・ピアフ 訳詞:加藤登紀子 作曲:マルグリット・モノー
もしも空が裂けて 大地が崩れ落ちても
私はかまわない あなたといるなら
あなたの腕の中で 体を震わす時
何も見えないわ あなたの愛だけで
あなたが言うなら 世界の果てまで
地の果てまでも
あなたが言うなら 栗色にでも
黒髪にでも
あなたが言うなら 盗みもするわ
あの月さえも
あなたが言うなら 国も捨てるわ
友もいらない
もしもあなたが死んで 私を捨てる時も
私はかまわない あなたと行くから
広い空の中を あなたと二人だけで
終わりのない愛を 生き続けるために
広い空の中を あなたと二人だけで
終わりのない愛を 生き続けるために

 2021年9月1日発売 3枚組CD『花物語』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 

この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。