粒子状の猫であふれてゆく会話

「あのね、誰かが話してたんだけど、千回そのひとと話すと、一回そのひとと会えたことになるんだって」

「あえる? どういうことだろ、通じあえるとか。でもほんとうにそのひとと会うってことかな」

「その話すっていうのはね、ほとんど黙ってても、けんかしててもいいんだって。でもね、ともかく千回話さないとだめなの。九九九回ではそのひとにたどりつけない。だからもしそのひとと会えなかったとしたらそれが九九九回であとたった一回足りなかったからなのかも。あとほんのたった一回でそのひとと会えたのにね」

「ああそうなの。そうか。そう。」

わたしはそのとき思い出のことについて考えていた。現代川柳は思い出のないにんげんがその日はじめてものに出会ったかのようにする文芸なのかなあと思ったからだ。はじめてものに出会い、そしてすぐに星を去るようにわすれる。着ていた宇宙服を脱ぎ捨て、部屋で横になる。疲れるとかじゃなく。0の場所にいる。でも、あえる? つうじあえる? なんども話せば。

「すてきな話だね」

「そう? わたしはじぶんで話しててそうおもわなかった。そんなことより、さっきもらった羊羹たべよう」


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター