《放浪の歌》
 人は故郷を求めて旅をするのです。
 そして放浪の中で故郷を想い、歌う…。
 11月の歌は、そんなどこかで果てしない放浪の旅路を生きた人々に出会え、懐かしさでいっぱいになるような「放浪の歌」です。
 もちろん、一生を生まれた街で生き切る人もいるでしょう。旅が苦手の人もいるかもしれません。でもそんな人でも遠い国のことを思ったり、ずっと昔のことを思ったりする時、心は旅をします。
 故郷を追われた人が故郷を忘れないために歌があり、今ある故郷を心のうちに見つけるために歌があるのです。
 生まれた街で生きることができなかった私にとって、放浪の歌こそが故郷の歌だと言えます。だから、「放浪の歌」は私の「お守り」?なんでしょうね。
《放浪の歌》 ダニーボーイ
 この歌の原曲は北アイルランドの北西部のロンドンデリーに伝わる古い民謡でした。民謡といっても、もともとはフィドル(ヴァイオリン)で演奏されていた器楽曲で歌詞はついていなかったそうですが、17世紀頃から歌い継がれてきた歌のひとつは「ロンドンデリーの歌」と呼ばれていました。
 19世紀にジミー・マッカリーという盲目のフィドル奏者が路上で演奏しているのを、ジェイン・ロスという女性が採譜し、1855年に楽譜が公表されてから、たくさんの詩が作られました。
「ダニーボーイ」の歌詞が作られたのは1913年、フレデリック・ウェザリーというイギリスの法律家が、アメリカに渡った妹から送られてきたこのメロディの楽譜を見て感銘を受け、故郷を離れる息子を送る母の想いを歌詞に込めて作ったのが始まりです。
 アイルランドは1200年頃からずっとイギリスの植民地だったために、ケルト系の彼らの言語や宗教への強い迫害を受けてきた歴史がありました。古い民謡が歌い継がれてきた想いの中には、そのことへの強い抗議の意味も込められていたのです。
 そして1840年代後半、大飢饉がアイルランドを襲った時、多くの人が海外へ、特にアメリカへ渡っていきました。
 第一次世界大戦が始まり、さらに第二次世界大戦と続く悲惨な別れの時代に、この歌が深い悲しみを込めて歌われ、広がっていったのです。
 私がこの歌を歌うことになったのは1999年、「さよなら私の愛した20世紀たち」シリーズの8番目のアルバムをロサンゼルスでレコーディングすることになった時でした。
 そのきっかけは、ロスに住む日本人のレコーディング・エンジニアの友人の一言でした。
「登紀子さん、アメリカは大きな田舎なんです。ここは世界中に故郷を持つ人が集まっている。ここでそのいろんな故郷を歌って、土の匂いのするアルバムを作りませんか?」
 彼の言葉に動かされて、早速私は自分自身のオリジナルの中で「土の匂いのする歌」をいくつか選び、これまで歌ってきたウディ・ガスリーの「Deportee―流れ者」や、ブラジルの映画『黒いオルフェ』のテーマだった「オルフェの唄」などを選曲し、レコーディング計画を立てました。
 音楽プロデュースを引き受けてくれたのはパトリック・シーモアというキーボード奏者。
 これまで歌ってこなかったアイルランドの歌をぜひ、ということで、この「ダニーボーイ」をまず選び、他にもいい歌があったら、とパトリック・セイモアにリクエストし、何曲か美しいアイリッシュの歌の音源を送ってもらい、その中から「Woman Of Ireland」という歌を選びました。
燃えるウイスキー 熱い唇 柔らかな微笑み
火のように強くて 甘いウーマン・オブ・アイルランド
 うっとりするようで、厳しい極北の海の男たちへの想いの綴られた歌、私の日本語で歌うことにしました。
 このアイリッシュの2曲をレコーディングする日、パトリックが、「今日は一杯飲んでからにしよう!」と言ってアイリッシュビールを差し出したのです。
「もちろんOKよ」ということで、乾杯し、キーボードの深い音色の中で本当に気持ちよく歌ったのでした。
 後日、この音源に、映画『タイタニック』のテーマでティン・ホイッスル(アイリッシュフルート)を演奏しているエリック・リグレが素晴らしい音色を響かせてくれました。
 全11曲を素晴らしいミュージシャンと共演し、全てのレコーディングが終わった時、パトリックがこんなことを言ったのです。
「僕の母はアイリッシュだったんだ。それも門の前に叔母と一緒に捨てられていた。引き取られたところで奴隷のように働かされていたんだけど、その農場でいつも歌っていたのを聞いた人に勧められて、音楽祭で歌ってチャンスを摑んだ。だから登紀子がアイリッシュの歌を歌ってくれて、本当に嬉しかったんだ」と。
 今、この「ダニーボーイ」は私の大事な歌になっています。
 心に浮かべるのは、いろんな山や草原、そして夫が残してくれた千葉の里山の風景です。
 私もやっと自分で育む故郷を持つことができたような気がして、胸が熱くなります。

パトリック・シーモアと。1999年

(写真は筆者提供)

ダニーボーイ
作詞・作曲:アイルランド民謡 訳詞:加藤登紀子 編曲:パトリック・シーモア
夏は去り バラの花も散り
あなたは 今出てゆく
角笛の呼んでる響きを
おお ダニーボーイ
忘れないで
必ず帰って来ておくれ
夏の日も 冬の日にも
私はこのふるさとで
あなたを あなたを
待っています
いつの日か 花が枯れるように
あなたが 死んだならば
あなたの眠るそのそばに
この山の
花を咲かせよう
牧場に日の輝く日も
谷間に雪降る日も
私はこのふるさとで
あなたを あなたを
待っています
あなたを あなたを
待っています

 2021年9月1日発売 3枚組CD『花物語』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 
この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。