東 直子
 鋭い感性と繊細な表現で人気の歌人・作家・イラストレーターの東直子さんが、心に残る映画やドラマについて、絵と文、そして短歌の形で描きます(月一回更新)。

未来を見る未来
 子どもの頃、SFと呼ばれるジャンルのものがとても好きで、いつも微熱とわくわく感と共にそれらの小説や漫画を読んでいた。SFとは、「サイエンス・フィクション」であり、「スベース・ファンタジー」であり、「少し不思議」でもあった。時に昭和の高度成長期だったので、未来へ向かって人類の技術はどんどん発達し、腕時計で通信し、車を空が飛び、海の底や宇宙への旅行も軽々と行えるようになると、本気で夢見ていた。今でもそんな世界を描いた絵が記憶から蘇る。それから何十年もの時が流れ、21世紀が始まってから20年が経過した。テクノロジーは確かに発展したが、車は空を飛んではいない。あの頃のSF絵図で実現化されたのは、腕時計型の通信機器くらいである。予想された未来の時間から、過去が見た未来を眺めながら、人間の願いについて考えてしまう。
 スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』は、1968年に公開された。1968年時点で想像した2001年の宇宙旅行ということである。日本でも同年に公開され、大きな話題を呼んだが、私は幼児だったので劇場では観ていない。テレビで何度か流れたことがあり、断片的には観たのだが、全体を通してきちんと観賞したのは、オンライン配信されていることを知ったつい最近のことである。夢想された未来の時間もすっかり過去となったものを今さらながら観たわけなのだが、驚くほど新鮮で胸に刺さった。
 全体から受ける印象は、クラシック音楽と共にある長い詩、またはアート作品という趣だが、木星探査をめぐるストーリーが貫かれている。クライマックスは、「HAL」と呼ばれる人工知能の反乱。HALは、宇宙船の潤滑な航行と乗組員の健康に気を配り、いつもおだやかな口調で会話を交わし、宇宙空間を旅する人間にとって忠実に働くべき部下でもあり、信頼できる友人であり、すべてをゆだねる母体であり、支配する神でもある。このHALが奇妙なことを口にし始めて人間を裏切る場面にしんそこぞっとした。スマートフォンやパソコンなど、自分もすでに毎日人工知能に頼り切って暮らしているからだ。ある日突然、人工知能が反旗を翻したら……。コンピューターと無縁だった頃にはなかった切実な恐怖を感じる。きっと自分は、賢い人工知能のされるがままになるしかないのだろうな、と。緊迫した場面の宇宙服内の息の音が生々しくて、そうだ、自分も今、生きて息をしているのだった、と確かめながら画面を見つめた。
 不可解な大きな黒い板(モノリス)に触れて、猿が知能を得るシーンからはじまるこの映画は、知能と心についての大きな問いをなげかけてくる。デイブ船長によって回路を一つ一つ切られながら、なんども「I’m afraid(怖い)」と訴えかけるHALが切ない。人工知能も感情を持つということの意味をひりひりと感じる。人工知能が初めて歌ったという「デイジー」の、HALによる歌唱が悲しい。
 昼下がりのうつろな主婦が、壁に埋め込まれたテレビから突然流れるメッセージに驚く、という、テレビで偶然見たシーンをずっと覚えていて、『2001年宇宙の旅』のワンシーンだと思い込んでいたのだが、違った。続編にあたる『2010年』という映画に出てくるシーンだった。こちらは監督が異なり、宇宙船での人間ドラマを主軸にした内容で全くテイストは違うのだが、HALが誤作動を起こした理由などがこちらで明らかになる。原作は共にアーサー・C・クラーク。『2061年宇宙の旅』『3001年終局への旅』もあるようだ。人工知能と人間の意識は、時を超えて響き合い続けるのだろう。
お誕生日おめでとうを宇宙まで届けてあげる あなたは息子
(絵・文・短歌 東直子)
2001年宇宙の旅(1968年)
監督・共同脚本=スタンリー・キューブリック 共同脚本=アーサー・C・クラーク 出演=ケア・ダレ―、ゲイリー・ロックウッドほか 
(Amazon Prime Video、Netflix、U-NEXTほかで配信中)

この記事を書いた人
東 直子(ひがし・なおこ)
1963年、広島県生まれ。歌人・作家・イラストレーター。1996年歌壇賞受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。小説に『とりつくしま』『さようなら窓』『階段にパレット』ほか。2016年『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。エッセイに『千年ごはん』『愛のうた』など。穂村弘との共著に『回転ドアは、順番に』『短歌遠足帖』などがある。2022年1月8日(土)より、自身の一首「転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー」が原作となった映画『春原さんのうた』がポレポレ東中野ほかで公開予定。
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