《壊された大地の上に》 冬の螢
「冬の螢」はアルバム『この世に生まれてきたら』の10年後の1984年、アルバム『デ・ラ・シ・ネ』の中に収録した曲。弾き語り曲の中で、とっても人気のある歌のひとつですが、この曲のタイトルに込められた意味を、知っている人は少ないと思います。

1984年発売アルバム『デ・ラ・シ・ネ』

 実はこの曲は『冬の螢』というドラマへの挿入曲の依頼を受けて作ったものでした。
 内容は、中国からの引揚船で福岡の港に着いたけれど、その先に帰る故郷もなく、行く宛のない人が、街の中を流れる川の河川敷に集まって暮らしていた。そこではさまざまな出会いがあり、生まれて間もない子供を残して死んだ女性から、小さな命を引き受けた人が、そのことを何年も言えないままその子供を育て上げ、この世を去る前にやっとそのことを明かした。そこから育ててもらった女性が、彼女の、そして自分自身の過去の人生を確かめる旅をするという、そんなドラマでした。
 河原で寒い冬に焚き火をしていると、パチパチと跳ねる火の粉が、空を舞って蛍のように美しかった。「冬に蛍が見られる、そんな贅沢は、河原で暮らしたものにしかわからない」というセリフがあって、『冬の螢』というタイトルはそこから来ています。
 この歌の中に語りの部分があって、その語りが私は好きです。
 どんなきっかけでこの言葉を作ったか、あまり覚えがないのですが…。
太陽が空に沈むときあんなに赤くて美しいのは
太陽がさよならを言ってるからだって 誰かが言ったわ
今 私があなたにさよならを言っても 空は赤く染まってはくれないけれど
出来ることなら空いっぱいに 花火を打上げてあなたに贈りたい
思い出のひとつひとつに火をつけて
冬の空いっぱいに花火を打上げて あなたに贈りたい
それが私のさよなら それがあなたへのさよなら
 戦争の体験を話せないままこの世を去っていく人も、きっと多いのでしょう。この世を去る前、ギリギリのところでやっと語ることができた人も多いようです。
 私の父がある時、言ったことがありました。
「中国で日本が何をしたか、そんなことは、絶対に誰にも知らせたくない。当たり前だろう。そんな恥ずかしいことを、絶対に知られたくない」
 私は父の言葉に、もちろん反対しました。
「起こしたこと、起こったことは、なかったことにはできない。辛くてもはっきりさせておかなければならないと思う」と。
 でも父の吐き出した言葉は、胸に刺さりました。
 そうなんだろう。それはそうだろう。痛いほどわかる気もしました。
 戦争の被害者としての証言は言えるけれど、加害者であったことの告白は辛い。当然です。それこそが戦争のむごさだと思います。
 このドラマのように、引き揚げ、そしてホームレスで生き抜いた過去を必死で隠そうとしていた。そんな苦しみをした人がどれほど多かったか、を思います。
 私の母は、終戦後の混乱や、引き揚げでの体験もできるだけ正確に伝えようとしてくれました。
 でも91歳で『ハルビンの詩が聞こえる』(藤原出版)を書いた時、20歳でハルビンに渡り、新婚生活を楽しみ、ロシア人と暮らしを共にしたことや、最後に引き揚げでハルビンと別れを告げるところまで書いた後、「ここから先は書きとうないわ」と言いました。
 母の中に、私にも言わなかった辛い経験があったことが垣間見えた瞬間でした。
 戦争を語り継ぐことは難しい。
 でも当事者だった世代が、人生の終わりを迎えようとする時、それを受け継ぐのは次の世代。つまり私たちなのだと思います。
(写真は筆者提供)

冬の螢
 作詞・作曲:加藤登紀子
冬の風に咲く花びら あなたにあげるわ
別れの思い出に 祈りをこめて
冬の朝に生まれた人は 冬を愛しつづけ
哀しみの その数だけ 人を愛せるわ
ふきやむな冬の風よ 季節がかわっても
冬の螢のように はるかかなたへと
とんでゆけ
太陽が空に沈むとき
あんなに赤くて美しいのは
太陽がさよならを言っているからだって
誰かが言ったわ
今 私があなたにさよならを言っても
空は赤く染まってはくれないけれど
出来ることなら空いっぱいに
花火を打上げてあなたに贈りたい
思い出のひとつひとつに火をつけて
冬の空いっぱいに花火を打上げて
あなたに贈りたい
それが私のさよなら
それがあなたへのさよなら
冬の風に飛び立つ鳥は 冷たさを愛し
ふきつける嵐の中へ 身を躍らせる
旅立つあなたの胸に今 火をともして
哀しみのその数だけ 燃やしてほしい
ふきやむな冬の風よ 季節がかわっても
冬の螢のように はるかかなたへと
とんでゆけ
 2021年9月1日発売 3枚組CD『花物語』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 
この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。