東 直子
 鋭い感性と繊細な表現で人気の歌人・作家・イラストレーターの東直子さんが、心に残る映画やドラマについて、絵と文、そして短歌の形で描きます(月一回更新)。

フェミニストとしてのアン
 深夜にテレビをつけたら、タイトルバックがそれはそれはお洒落なドラマが始まり、見入ってしまった。そこに出てくるファッションが、インテリアが、風景が、すばらしくて好ましくて、すっかり心を奪われた。同時に、主人公のアンが投げかける、古い価値観に対する鋭い問いに、胸を射抜かれた。それが『アンという名の少女』というドラマとの出会いだった。L.M.モンゴメリ原作の『赤毛のアン』が原作の、カナダCBCとNetflixにより共同製作されたドラマシリーズで、日曜日の深夜にNHKで放送されていたものを初めて見たのである。(現在はシーズン3が放送中)
 私のまわりの友達で『赤毛のアン』のことを知らない人はいない。宮崎駿や高畑勲らが関わったアニメーション(世界名作劇場)などで、その内容を知っている人も多いだろう。2014年上半期に放映された『花子とアン』は、村岡花子が日本で最初に『赤毛のアン』を翻訳するまでのドラマである。とにかく、「アン」は、日本人にも古典としてすっかり浸透している。私も子どものときに読んだのだが、あまりにも饒舌なアンに圧倒されて、実はちょっと苦手だな、と思った。その頃『大草原の小さな家』シリーズの放送がNHKで始まった。こちらはアメリカが舞台で、同じような時代(19世紀後半)の主人公の少女、ローラは、まじめで控えめな感じだった。誰からも大人しいと言われるような子どもだった私には、ローラの方が共感しやすかったのだ。原作者のローラ・インガルス・ワイルダーが描いた自伝的なシリーズは、すべて読んだ。
 しかし、『アンという名の少女』によって、今さらながらアンの真の魅力を教えてもらった気がする。原作の人物設定やいくつかのエピソードは組み込まれているものの、3つのシーズンにわたる全27話のうち、原作にあるエピソードを扱ったシーンは半分にも満たないだろう。いじめやLGBT、人種差別、アイディンティティーの問題など、現代に通じるテーマを意図的に盛り込みながら、ドラマチックな展開が続くのだ。何より、過酷な幼少期を生き抜いてきたアンという少女のフェミニストとしての意識が強調されている。
 村岡らによって「腹心の友」と訳された親友ダイアナは、原作では、女性の生き方のスタンダードだった、結婚して家庭に入る生き方をさほどの疑問も持っておらず、アンが一生懸命学んで自立を志す様子とは対照的に描かれていた。しかしドラマでは、そうした考えだったダイアナも、アンの言動に刺激されて大いに惑うのである。
 原作にはない大胆な膨らみ方をするものの、それぞれのキャラクターを演ずるキャストは、驚くほどぴったりである。アンは、これまでに見たどのアンよりもアンらしく、本から直接飛び出してきたような気さえする。さらに、頑固で誇り高いマリラ、小心者でやさしくて無口なマシュー、お嬢さん育ちの黒髪のダイアナ、理知的なギルバート、おせっかいなリンド婦人など、まわりの人々もとっても絶妙。原作には出てこない人物が重要な役割をするなど、枝葉は伸びるが、それぞれの人物の根幹がしっかり押さえられているので、かえってワクワクする。
 辛い試練も、楽しい行事も、なんでもない日も、常に信念を持って情熱的に進んでいくアンは本当に勇敢だが、時に過剰すぎる。正義感にかられてやったことが人を深く傷つけることもある。このドラマの深いところは、アンだけでなく、マリラなどまともに見える大人たちにも偏見など、よくない点が潜んでいることを表現している点である。善悪を単純に断罪するのではなく、思考を促すように、エピソードが積み重ねられていく。
 と、いろいろ書いてきたが、このドラマの一番の見どころは、アンが大好きな世界観が、夢のように美しい実写として再現されたことだと思う。ふわふわしたドレスで光あふれる野を走り回る少女たち、テーブルも人も空間も色とりどりの草花に囲まれたパーティー、蝶や鳥やキツネや樹々を愛おしむ一人の時間、淡い蝋燭の灯とひそやかな会話……。自分がまだ生まれていない時代に生きた人々の吐息を感じ、今この世に自分が生かされていることへの深い感謝につなげられる。
湖に名前をつける その水の光のひとつひとつがこころ
(絵・文・短歌 東直子)
アンという名の少女(2017年~2019年)
脚本=モイラ・ウォリー=ベケットほか 出演=エイミーベス・マクナルティ、ジェラルディン・ジェームズほか 
(Netflixで配信中)

この記事を書いた人
東 直子(ひがし・なおこ)
1963年、広島県生まれ。歌人・作家・イラストレーター。1996年歌壇賞受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。小説に『とりつくしま』『さようなら窓』『階段にパレット』ほか。2016年『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。エッセイに『千年ごはん』『愛のうた』など。穂村弘との共著に『短歌遠足帖』、絵本に『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子)などがある。2022年1月8日(土)より、自身の一首「転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー」が原作となった映画『春原さんのうた』がポレポレ東中野ほかで公開中。
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