《今を生きるために》 声をあげて泣いていいですか
 2021年夏、1年遅れでオリンピックが開催されました。
 私が住んでいるのは、1964年の東京オリンピックの時に国立競技場の上空が見えるマンションに、と父が張り切って選んだ場所なので、窓を開けると真正面に、オリンピックの開会式の花火が見えました。
 競技が始まってからも、会場からの歓声は聞こえないまでも、明るい場内の熱気が伝わってくるようでした。
 でもこんな時にたったひとりで、テレビ放送の競技を見て声を上げたり、拍手をしたり…。それがふと淋しい、そんな7月27日、私のステージを長く支えてくれたセンチメンタル・シティ・ロマンスのリードヴォーカル、中野督夫さんが亡くなったとの知らせがありました。
 くも膜下出血で倒れてから2年余り、意識の定かでない状態で生き続け、ついに逝ってしまったのでした。
「大変だったね」「よく頑張ったね」と声をかけたくて、ひとり空を見ていたら、夜空には満月があり、遠くに逝ってしまった人の顔が次々浮かんでくるのでした。
 そんな満月が一瞬雲に隠れた瞬間、抑えることができないまま、私は泣きました。
 この同じ時、ある人は競技に勝利し、ある人は敗れ去る。
 この日のために命をかけてきても、予選敗退で競技から外れていく人もある。
 世界中の選手の中には、オリンピックの終わる前に亡命を発表する人があり、全てを終えて帰国時に、突然本国に帰らない、と発表する選手もありました。
 オリンピックで一喜一憂する一方で、8月15日、アフガニスタンで劇的な政権交代があり、国から外へ出ようとする人たちの群れが、空港に溢れ、飛び立つ飛行機からふるい落とされる事態。
 コロナ感染で、できるだけ人に会わないようにしている日々の中で、心から溢れる想いをみんな、どうしているのだろう。
 語り合えないことが、こんなに寂しいなんて…。
 私は心の中で歌っていました。 
声をあげて泣いていいですか
満月が雲に隠れた時
声をあげて泣いていいですか
精一杯生きて力尽きた人に
 8月21日、私はフジロックのピラミッドガーデンという野外ステージで、この歌を初めてうたいました。

2021年8月21日 Fuji Rock

 コロナ感染対策を意識して、それぞれ離れて座っている聴衆の表情が手にとるように見えるライヴ会場。
 ふっと泣き伏す人と目が合うと、歌えなくなりそうな、ぎりぎりの気持ちで歌い切ったライヴでした。
 この年の終わり、恒例の「ほろ酔いコンサート」でも、アンコールの1曲目に、エレキギターの弾き語りで、この歌をうたいました。
 声をあげて泣きたいことが、こんなにも起こっている!
 歌詞を決めようとしながら、歌い尽くせないことが溢れてきて収拾がつかなくなってしまう…。
 戸惑いは最後までありましたが、これでいい、とは言えなくても、歌詞は決まっていきました。
生きていることはいつか終わること
だから伝えたい 今ここにいることを
 人にとって一番辛いのは、この世を去ることではなく、この世を去る前の、生きている自分を誰かに届けられないことだ、と思うのです。
 でもなかなかそれは難しいのかもしれません。
 生まれてくる時と、死ぬ時は、たったひとりの祝祭。
 命の尊厳はそこにある、と思いましょう。

2021年12月26日 ほろ酔いコンサート

(写真は筆者提供)

声をあげて泣いていいですか
 作詞・作曲:加藤登紀子
声をあげて泣いていいですか
満月が雲に隠れた時
声をあげて泣いていいですか
精一杯生きて力尽きた人に
声をあげて泣いていいですか
たった今戦いに敗れた人に
声をあげて泣いていいですか
戦わずにここを立ち去った人に
声をあげて泣いていいですか
今日一日をひとりで終わる人に
声をあげて泣いていいですか
誰かを思いながらひとり眠る夜に
声をあげて泣いていいですか
今夜この世に別れを告げる人に
声をあげて泣いていいですか
誰にも看取られずに幕を閉じる人に
生きていることはいつか終わること
だから伝えたい 今ここにいることを
嵐の後の虹のように
辛くても苦しくても光の中へ
声をあげて泣いていいですか
突然の運命に晒される人に
声をあげて泣いていいですか
昨日までのすべてを失う人に
声をあげて泣いていいですか
たった今愛する国を出て行く人に
声をあげて泣いていいですか
愛する故郷くにに二度と帰れない人に
愛する故郷くにに帰れない人に
 CD未発売(2022年3月25日現在)

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 


この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。