東 直子
 鋭い感性と繊細な表現で人気の歌人・作家・イラストレーターの東直子さんが、心に残る映画やドラマについて、絵と文、そして短歌の形で描きます(月一回更新)。

「やさしさ」のための遺言
 カラフルな衣装を着た楽隊が、雪降る林を、若草色の広い野原を、ゆっくりと演奏しながら歩いていく。アナログな楽器が奏でる音楽は、いつかどこかで聴いたことがあるような懐かしさを感じるが、どの民族の音楽とも違う新鮮さがあり、愉快な気分になるようで、切なくもなる。これは、現代の野辺送り。明るい追悼の楽隊なのだ。楽隊は、元「たま」の石川浩司や知久寿焼らも参加しているユニット「パスカルズ」が演じていて、映画の中の物語の継ぎ目のように随所に現れる。
「なななのか」は漢字で書けば「七七日」。四十九日のことである。魂がこの世を離れていくと言われる日。北海道芦別市を舞台にしたこの映画は、「星降る文化堂」という古物商を営む92歳の元医師、鈴木光男が急死し、四十九日を迎えるまでを描いている。その間、回想とも幻想とも思えるような時空間が交錯し、生者死者かかわらず対話する。品川徹が演じる光男は、強い意志と深い慈愛を兼ね備えた独特の風格がある。
 大林宣彦監督の作品にはいつも、唯一無二の世界が広がっている。この映画も、登場人物の夢の中にひととき入っていくようだった。まっすぐな目線でこちらに放たれるたくさんの言葉の雨を浴び、その世界の空気を共に吸い、闇の中の人の気配を感じる。映画を観る、というより、体験した、という表現の方が似合う。あるいは、一緒に旅をしてきたような。 
 2020年4月10日、新型コロナウイルス感染拡大防止のための最初の緊急事態宣言が発令された頃に、大林監督は肺ガンで亡くなった。最後の監督作品である『海辺の映画館』の当初の公開予定日だったという。『時をかける少女』『転校生』など、叙情的で独特の手ざわりのある映画を若い時に映画館で観て、すっかり感銘を受けていた私は、もう新しい作品を観ることはできないということが、ほんとうに淋しい。
 2018年度の毎日芸術賞特別賞を大林監督が受賞されたとき、その受賞の挨拶の際に、車椅子から立ち上がり、癌に侵された痩せた身体におだやかな笑みを浮かべて「やさしさ」という言葉を何度も口にされた。今一番人間に必要なのは「やさしさ」なのだと。
 2012年公開の『この空の花 長岡花火物語』と2014年公開の『野のなななのか』と2017年公開の『花筐/HANAGATAMI』は、大林監督の戦争三部作と呼ばれ、反戦のメッセージが強く打ち出されている。同時に、新潟県長岡市、北海道芦別市、佐賀県唐津市と、それぞれの地方へのオマージュも全面的に描かれている。戦争という圧倒的な暴力と堅実な市井の人々の「やさしさ」を対比させて、今を生きる私たちの心を一つの体験として開かせ、訴えたのだと思う。
 私が物ごころついたころは、まわりにいた大人たちはみんな戦争の時代を生き延びてた人だった。それから長い年月が流れて、戦争を直接体験した人が次々に寿命を迎え、話をすることができなくなってきている。今にも消えてしまいそうな彼らの声を、大林映画は美しい詩のような映画としてこの世に繋ぎ止め、伝えてくれる。中原中也の詩「夏の日の歌」が重要なモチーフとして、幾人かの人の声で朗読され、身体にも心にも心地よくしみた。
 光男は、1945年8月15日のポツダム宣言以降も戦争が続いていた樺太での壮絶な体験がその人生に深い影を落としている。この樺太の戦いは8月25日まで続いた。芦別では8月15日にはまだ戦争は終わっていなかったのだというセリフが心に残った。
 光男と最後に一緒に暮らしていた孫の鈴木カンナ、かつて生活を共にしていた清水信子、青春時代に知り合った山中綾野を、順に寺島咲、常盤貴子、安達祐実が演じている。それぞれの毅然とした美しさが際立っていて、うっとり見とれてしまった。80年代の大林監督が世に送り出した数々のアイドル映画で輝いていた女の子たちとも重なる。その人が生まれつき持っている清らかな魂に光を当てる、そんな撮り方だったのではないかと思う。他者の魅力に気づき、伝えること。それも紛れもなく「やさしさ」の一つだと思う。
 世界中で今も紛争が続き、不穏さが増す世界に、監督が映画に込めた祈りを忘れず、伝えてゆきたい。
遠くまで行って帰ってきたような苺にあわくつもる粉雪
(絵・文・短歌 東直子)
野のなななのか(2014年)
監督・脚本=大林宣彦 原作=長谷川孝治 出演=品川徹、常盤貴子ほか 
(U-NEXTで配信中)

『短歌の時間』(春陽堂書店)東直子・著
雑誌「公募ガイド」の人気連載「短歌の時間」が本になりました。
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独創的ですてきな歌とともに、詩情豊かであたたかな選評もお楽しみいただけます。
作歌のヒントになる118首を含むエッセイ54編、著者によるイラスト80点も豪華収録。

この記事を書いた人
東 直子(ひがし・なおこ)
1963年、広島県生まれ。歌人・作家・イラストレーター。1996年歌壇賞受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。小説に『とりつくしま』『さようなら窓』『階段にパレット』ほか。2016年『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。エッセイに『千年ごはん』『愛のうた』など。穂村弘との共著に『短歌遠足帖』、絵本に『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子)などがある。2022年1月8日(土)より、自身の一首「転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー」が原作となった映画『春原さんのうた』がポレポレ東中野ほかで公開中。
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