《死を悼む》 大きな樹の物語-中村哲さんと息子さんを悼む
『哲さんの声が聞こえる』(合同出版)という本を書きました。
 2019年12月4日、中村哲さんが銃弾に倒れた翌年から、哲さんの経験をできるだけ知っておきたいと、彼の書き残した本を徹底的に読み、その大きな感動を、私なりの伝え方で書いておきたいと思ったのです。
 知らなかったたくさんのことを知った中で、最も大きな衝撃だったのは、2002年、アフガンへの空爆に反対して、アフガンへの支援のために日本中を東奔西走していた哲さんが、この年の暮れに、まだ10歳になったばかりの息子さんを亡くしていたことでした。
 息子さんの病気は、哲さんの医師としての専門分野、「脳腫瘍」でした。どうしても1年以上は生きられない、という医師としての判断を持ちながらも息子さんと過ごせる時間はあまりにも少なく、アフガン支援を優先させた哲さんの胸の内にどんな思いが渦巻いていたのか、推し測ることはできません。
 私が哲さんに出会ったのが2002年1月、そのことについて一切口に出さなかった哲さん。前年の6月にこの病気がわかり、2回の手術に耐えて、闘病していた息子さん。何も知らずにいた私は迂闊うかつだった、と悔やみました。
 哲さんが息子さんを看取るために帰国したのは12月4日。亡くなる約3週間前でした。病院から自宅に戻し、医師として向き合った最期の日々。どんな言葉が交わされたでしょうか?
 息子さんが亡くなった翌朝、庭を見ると息子さんが生まれた年に偶然育ちはじめた肉桂にっけいの木が、瑞々しく立っているのを見て、「死んだ息子と同じ樹齢で、常々『お前と同じ歳だ』と言ってきたのを思い出して、初めて涙が溢れた」という哲さんの言葉を『哲さんの声が聞こえる』の中に書きました。

 私が作詞・作曲した歌に「大きな樹の物語」という歌があります。この歌は、自分が死んでいくかもしれないことを、10歳の息子に伝えるために父親が語りかけた言葉です。

まだ10歳の少年に 父はそっと秘密を伝えた
父さんがもしも死んだとしても
この樹の中に生きていると
 命の危険を顧みず、アフガンの地に向かう時、哲さんは父親としてこんな言葉を子供たちに伝えてはいなかったでしょうか?
 まさかその息子が、父より先に逝くとは思いもしなかったとしても、人の死というものについての対話があったかもしれない、と思います。
人が生きる時間は 短いけど
残された命の声は 生き続ける
 今、哲さんは、天国で先に行っていた息子さんと語り合っていないでしょうか?
100年後も生きてるだろう
大きな樹の物語
雨の日の記憶も晴れの火照りも
刻まれて行く大きな樹の歌に
 未曾有の干魃かんばつのために壊滅しようとしていたアフガンの砂漠に、クナール川から用水路を引き、水路の両側に木を植え、緑いっぱいの畑を復活させて60万人以上の人を救った哲さん。今はもうこの世にいないけれど、大きく育った木に、きっと彼は生きているのです。
 世界から経済制裁を受けて、飢えの危機に喘いでいるアフガニスタン。哲さんの残した用水路と樹の力で、未来が支えられることを願ってやみません。

2002年1月、募金をお届けした初対面のとき

(写真は筆者提供)

大きな樹の物語
 作詞・作曲:加藤登紀子
100年後も生きてるだろう
大きな樹の物語
雨の日の記憶も晴れの火照りも
刻まれて行く大きな樹の歌に
去年植えた小さな苗が
今年はもう肩まで伸びている
見えない土に根を張って
知らぬ間に空を見上げている
花を咲かせる季節は 短いけど
花の後に 大きな実をつける
時は 時は 流れていく  絶え間なく 力強く どこまでも
時は 時は 流れていく  見えない地平線の 向こうまで
まだ10歳の少年に
父はそっと秘密を伝えた
父さんがもしも死んだとしても
この樹の中に生きていると
人が生きる時間は 短いけど
残された命の声は 生き続ける
時は 時は 流れていく  絶え間なく 力強く どこまでも
時は 時は 流れていく  どんな時も 迷わずに 生まれ続けて
父を送った少年は
思い出の樹にそっと耳を当てた
遠い昔が生きてるように
いくつもの声が聞こえてくる
その声がいつか溶け合って
大きな大きな 歌になる
時は 時は 流れていく  絶え間なく 力強く どこまでも
時は 時は 流れていく  どんな時も 迷わずに 生まれ続けて
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(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 
この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。