《死を悼む》 形あるものは空-瀬戸内寂聴さんを悼む
「100歳まで生きたいわけじゃないの。もうすぐ100歳、っていう頃なら、素敵ね」
 そう言ってらした瀬戸内寂聴さんが、見事に99歳でこの世を去られました。
 亡くなる直前まで原稿を書き、来年のプランを立て、若い人たちと恋について語りながら、楽しそうに人生を堪能された寂聴さん。
 でも作家としての姿勢は、激しく、緻密で、徹底的に書く人でした。
「ここまで書いていいのか!」と驚かせた数々の傑作。
 その中で私がバイブルにしてきた作品に『美は乱調にあり』と『諧調は偽りなり』の連作があります。大杉栄と伊藤野枝の生涯をこれほどディテールまで知ることができる著作は、ほかにありません。
 2016年に寂庵での毎日新聞の対談の時、このことを伝えましたら、「諧調は偽りなり」の単行本にサインをくださいました。
 寂聴さんのテーマは終生、「愛と革命」。
「自由って、まず自分が何をしたいかでしょ? 自分に忠実に生きるにはどうしても革命を起こさなきゃならなくなるの」
 政治的な次元より遥かに根源的な、命に繫がる選択の中での闘い、それが寂聴さんの人生でした。
「3歳の子供を置いて家を出たことは、本当に悔しいわね。私に生活力がなかったから、どうしようもなかった。作家として生きていこうと決めたのも、何としても自分で生きる力を持ちたかったからなの」
 東京女子大学在学中に20歳でお見合い結婚。中国に渡り女の子を出産。終戦後北京から引き揚げてから、若い男性と不倫の恋に堕ち、その後離婚し作家となった。これが出発点です。
 作家としてのテーマはどうしたって、「自由に生きようとした女の人生」、そして「愛する自由と結婚の相剋」。
「それにしても、出家という決断はすごいですね」とお尋ねすると、こう返ってきました。
「あの時はね、もう自殺してもいいくらいの気持ちだったの。でも自殺するよりは、出家する方がいい、と思って」
 恋多き女で有名だった彼女の最後の不倫は作家井上光晴さんとの恋でした。晩年は井上さんの娘さんともいい関係になられていたようですが、さまざまな社会的なバッシングや人間関係の苦しみは大きかったようです。
「収拾がつかないときは出家という手段があるんですね」と私が感じ入っていると、「源氏物語でも、源氏が愛した女はみな出家している。源氏に追いすがっていた女が出家することで、心の背丈がのび、今度は源氏が追い縋るのよ」と。
「心の背丈が伸びる」という言葉が、響きました。
 世俗のモラルではどうにも解決できない人間の実態を、その本質から捉え続けてきたのが仏教だとすれば、そこには、自分に忠実でありたい人の心を受け止める大きな器がある! そこではまっすぐ自分でいられる、ということですね。
 大杉栄の自由恋愛主義から仏教的解脱へ。
 この選択の大胆さが意味するものは大きいなあ。
 出家し得度を受けた時、「剃髪」は義務ではなく、男女の仲もご法度ではない、と説明された瀬戸内寂聴さんはキッパリと、「剃髪」と「性の断絶」を決めたそうです。
 それは無理もない。せっかく世俗を超えた世界で限りない自由を得ることができるのに、中途半端な世俗を残す必要はないでしょう。
 私は「形あるものは空」という歌を瀬戸内寂聴さんに贈りたいと思います。
 この歌は仏教で言う「色即是空」を嚙み砕いた歌詞に、ロック的な曲をつけた歌。今からちょうど40年前の1982年のアルバム『Rising』に収録していたオリジナル曲で、2020年の年末の「ほろ酔いコンサート」でうたった歌です。
 世のリーダーたちが、みな滑稽なマリオネットに見えてくる、恐るべき時代。どんなモラルも人の真っ当な幸せにたどり着けない混沌の時代。もうこうなったら、仏教的な解脱しかないでしょう。
「自由に生きること」と「人を愛すること」、それを貫くためには。

(写真は毎日新聞社提供)

形あるものは空
 作詞・作曲:加藤登紀子
形あるものは空 形あるものは不自由
形あるものは罪 形あるものは恥ずかし
カラカラカラまわれ
はだしでひとまわり
力あるものは不安 力あるものは不自由
力あるものは孤独 力あるもの恥ずかし
カラカラカラまわれ
はだかでひとまわり
Everything is Nothing
Everything is Nothing
Everything is Nothing Nothing
生命あるものは矛盾 生命あるものは不自由
生命あるものは罪 生命あるものは恥ずかし
カラカラカラまわれ
生まれたばかりのマリオネット
Everything is Nothing
Everything is Nothing
Everything is Nothing Nothing
形あるものは空 形あるものは不自由
形あるものは罪 形あるものは恥ずかし
・・・・
 1982年6月25日発売 アルバム『Rising』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 


この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。