東 直子
 鋭い感性と繊細な表現で人気の歌人・作家・イラストレーターの東直子さんが、心に残る映画やドラマについて、絵と文、そして短歌の形で描きます(月一回更新)。

ありったけの愉快な嘘を
『ビッグ・フィッシュ』を監督したティム・バートンの名前を初めて知ったのは、ジョニー・デップ主演の『シザーハンズ』という映画だった。主人公の人造人間は、手がハサミでできているため、惹かれ合った少女を決して抱きしめることができない。報われない恋が、とても切ない。彼の風貌や住んでいる家はゴシックホラー調でおどろおどろしいが、少女の住む街はパステルカラーで、人々の服装もカラフルで、明るい光に充ちている。どちらの世界もそれぞれ美しい。このコントラストが人の心の明暗を投影していたのだと思う。ティム・バートンの作る奥深い世界がすっかり好きになった。
『ビッグ・フィッシュ』はダニエル・ウォレスの同名の小説が原作だが、映画には、『シザーハンズ』に通じる監督ならではの世界観がぎっしりとつまっている。さらに、人が物語を創作すること、そして人生を全うすることの根源的な意義にふれるような美しいラストシーンは、なんど見ても涙が流れてしまう。年齢を重ねれば重ねるほど、込み上げるものが強くなってきたような気がする。
 釣り上げ損ねた魚を実際よりも誇張して伝えることから、現実に起こった出来事に嘘を付け加えることの比喩として、アメリカ英語では「fish story」という言葉が使われているらしい。『ビッグ・フィッシュ』というタイトルの言葉も、単純に大きな魚という意味の他に、父エドワードの奇想天外な数々のホラ話も暗示しているのだろう。原作では、「大物」の意味として明示されている。
 多くの人々を魅了する父親の話に食傷気味の30代の息子ウィルとの対立がこの映画の骨子になっている。結婚指輪を餌にして釣り上げようとした大きな魚のエピソードから始まるこの物語は、父親が語る過去の時間と、大人の息子と老人の父親の現在の時間、二つの時間が交錯しつつ進んでいく。
 ユアン・マクレガー演じる若い頃のエドワードの冒険譚は、『シザーハンズ』のようなファンタジー性の強い世界が展開し、幻想的で、ポップで、カラフルで、ゴシックで、“これぞティム・バートン”を堪能できる。
 特に好きだったのが、暗く不気味な森を抜けた先にあるスペクターという名の町のシーン。町全体が緑の草に覆われた「足に優しい地面」であるため、みな裸足で暮らしている。すべての靴は町の入り口の高いところに無造作に吊るしてあるのだ。明るくておだやかな光の下、ふさふさの緑の上で女性たちが淡い色のスカートをやわらかく翻すダンスシーンは至福感たっぷりで、天国にでも来たよう。その意味で不吉でもある。
 その他、一目ぼれした瞬間のサーカス小屋のストップモーション、プロポーズするために用意した庭一面の水仙の花、夜の空の下に落下傘で落ちた先の幻想的なショーなど、魅惑的なシーンが光を放つ水面のように記憶の中で揺れ続けている。
 エドワードが釣り上げようとした魚は、「60年前、川で溺れ死んだ泥棒の化身」と言われていた。「化身」という認識は、全体の鍵となるイメージで、その人がどんな死に方をするかが分かる目を持つ魔女や、エドワードを雇うサーカスの団長、そしてエドワード自身も、別の姿、つまり化身のようなものがあることがのちのちわかってくる。
 それらはホラ話の一部のようだが、人間には多面性があり、ある側面から見れば嘘を言っているかもしれないが、別の側面からは真実、ということもあり得る。何が正しくて、何が間違っていて、何が真実で、何が嘘か、はっきりと線引きできるものは少なく、あいまいな境界線の間を行きつ戻りつしているように思う。
 人生を模索中の若き日のエドワードが「この世で“悪者”と言えるのは──結局は孤独で礼儀知らずなだけ」とつぶやいたセリフが心に残った。エドワードという人は、割に合わない労働を強いられたり、ボコボコに殴られたり、徴兵されたり、銀行強盗の道連れにされたりなど、どんなに理不尽な目にあっても、決して感情的になったりせず、ひょうひょうと明るく対処し、タフに生き延びていく。どんなタイプの、どんな容姿の人でも常にフラットに、愉快に接する。彼の無意識の思いやりが、多くの人に愛され、受け入れられ、そして多くの人を愛する力となっていたのかと思う。
 しかしこんなにタフだった人間も年齢を重ねれば必ず死に近づいていく。性格の違いから父を受け入れられなかったウィルが、エドワードのおもしろさやあたかさに気づき、新しい関係へと一歩を踏み出した瞬間は、胸が熱くなる。
 生きることと老いることと想像すること。時間は、物理的には過ぎ去っていくばかりだが、心の中の時間はどこにでも繋がることができ、更新することも可能なのだ。
 映画を観たあとは、うれしいような悲しいようなおかしいような、なんともいえない余韻が残る。
約束をすべて果たして水になる今ほんとうにあなたに会えた
(絵・文・短歌 東直子)
ビッグ・フィッシュ(2003年)
監督=ティム・バートン 原作=ダニエル・ウォレス 出演=ユアン・マクレガー、アルバート・フィニーほか 
(NetFliXで配信中)

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この記事を書いた人
東 直子(ひがし・なおこ)
1963年、広島県生まれ。歌人・作家・イラストレーター。1996年歌壇賞受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。小説に『とりつくしま』『さようなら窓』『階段にパレット』ほか。2016年『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。エッセイに『千年ごはん』『愛のうた』など。穂村弘との共著に『短歌遠足帖』、絵本に『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子)などがある。2022年1月8日(土)より、自身の一首「転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー」が原作となった映画『春原さんのうた』が全国で公開中。
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