《日が昇り日が沈む》 Rising
「インドに井戸を」というチャリティコンサートに呼ばれた時、何か歌を作ろう、と思ったのでした。
 1972年の中東旅行の時、インドには行きそびれて、空港のトランジットでデリーの空港を経由しただけで、インドを見ていないことが残念だったのですが、歌作りを思いたった時、たまたま読んでいた本が、アフリカ旅行の本でした。
 本田昇さんという方の本で、もう今はタイトルも覚えていないのですが、その中にこんなことが書いてありました。
 彼が旅立つ日の前日に、滞在していた家の息子から彼の名前「昇」の意味を聞かれ、「そうだね、英語で言えば『Rising』だ」と答えた。そしたら、翌日の出発の時に、その少年が彼に「Rising」というタイトルの詩をプレゼントしてくれた、というのです。素晴らしいこのエピソードに興奮し、その本の中に引用されていた少年の詩にヒントをもらって書いたのがこの「Rising」という歌です。
 たった一晩で書いた詩ということと、少年の持つ宇宙観の大きさに驚き、インドという国の長い歴史に培われた風景のイメージを込めて仕上げたのでした。
 1982年、このアルバムを作った年といえば、私の夫が、東京を脱出して田舎暮らしを始めることを決心したのに、私が東京に残ることを決めたことで、離婚騒動にまでなった年の次の年。半年に及ぶ悶着を何とか乗り越えた後でした。
 私自身は東京に残ることになったけれど、彼が活動拠点を千葉県の鴨川に移して、行ったり来たりしている姿を見ながら応援していたので、この歌詞に登場する男の姿が、私の中では、ありありと浮かんでいました。
一人の男が 草を刈り 牛に食わせ
木を切り倒し 火をたいて 死んでいった
その後から 一人の子供が草を引き抜き
土を掘り 種を蒔いた 大きな花の
 この歌をタイトル曲にしたアルバムには、1981年ニューヨークで出会ったオノヨーコさんの作品「GOOD-BYE SADNESS」や連載第35回でご紹介した「形あるものは空」が収録されているほかに、「NO NO NO」や「影のジプシー」という反原発の歌もあって、あの頃の地球環境への思いが伝わってきます。
 1981年夏、生まれ故郷中国での初めてのコンサートを実現できたことで、一歩世界へ踏み出せた、そんな思いを引っ張ってくれた「Rising」は、私の貴重な歌になりました。

1982年6月25日発売 アルバム『Rising』ジャケット

 2020年6月28日、新型コロナ感染症のパンデミックの中で開いたオーチャードホールコンサートの時も、オープニングはこの歌でした。
 大自然の大きさの中では、そこに生きる人間はあまりにも小さくて、途方に暮れるほどの淋しさがあります。
 木を切り倒すことも、土を掘り起こすことも、草を刈ることも、火を焚くことも、種を植えることも、どこか自然の摂理に反する行いで、それでもその行為を通してしか、大自然からの恵みをいただくことができない…。
 土に生きることは、その淋しさの中で、神様からゆるしを乞うような行いなのだ、と思います。
 新型コロナの根絶を求める戦い方は、人間の傲慢にも思えて、とても辛いものでした。この大自然の中で、人間の命だけが特別なものではありません。これからもこの地球の一角に、たくさんの命と共にあることを忘れないように、この歌を敬虔な祈りとしてうたっていきたいと思います。
(写真は筆者提供)

Rising
 作詞・作曲:加藤登紀子
日が昇り 日が沈む 天と大地の間に
雨が降り 草が生える 天と大地の間に
日が昇り 日が沈み 人は生まれ死んでいく
日が昇り 日が沈み 人は生まれ死んでいく
一人の男が 草を刈り 牛に食わせ
木を切り倒し 火をたいて 死んでいった
その後から 一人の子供が草を引き抜き
土を掘り 種を蒔いた 大きな花の
日が昇り 日が沈む 天と大地の間に
雨が降り 草が生える 天と大地の間に
日が昇り 日が沈み 花は大きく開いた
花の香りは 天に向かって 昇っていった
日は昇り 日は沈み 花はやがて枯れた
だが天まで 昇っていった 花の香りは
今もまだ 天と大地の間にある
日は昇り 日は沈む 天と大地の間に
雨が降り 草が生える 天と大地の間に
ライライライ………
 1982年6月25日 アルバム『Rising』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 


この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。