《日が昇り日が沈む》 今があしたと出逢う時
 夫が他界した2002年から2年の間、オリジナルソングをうたうことができませんでした。
 こんなにもたくさん歌を作ってきて、別に自分のことだけをうたってきたわけではない、と思います。
「ラブソングのモデルは、やっぱり藤本さん?」と聞かれると、決まって「違うわよ!」と答えてきました。
 それなのに、自分で書いた歌詞のひとつひとつが、私の体から紡ぎ出される時の記憶が、いろんな思い出を連れてきて、嗚咽おえつしてしまうことがありました。
 幸い2003年には沖縄の歌のアルバム『沖縄情歌』を出し、自分の言葉をうたうことから逃げることができていました。
 私の体の外にある歌に抱きすくめられるような優しさを感じ、どれほど感謝したでしょうか。
 2002年、夫が亡くなった時に作っていたアルバム『花筐~Hanagatami~』も、花の歌のカバーだったので、助かりました。
 同じ自分の歌詞でも外国曲を訳詞でうたう時は、歌と私自身の間に距離があって、その歌と向き合う喜びを、歌手として感じることができています。
 でも自分自身の作詞・作曲の歌をうたうことを、体が拒絶するなんて予想もしていませんでした。
 葬式の翌々日もコンサートを中止せずにうたってきたので、周りの人は何も気が付かなかったと思います。
 うたう曲を選ぶ時に必死の工夫と心の用意をして、ギリギリ取り組んでいたという感じでした。

2002年10月23日発売 アルバム『花筐~Hanagatami~』ジャケット

 このままでは、まずいよね、と自分自身に言い聞かせ、思い切って踏み出したのは2003年の「ほろ酔いコンサート」でした。
 この時、コンサートの一部のラストに選んだのは、私の作詞・作曲で、80年にレコーディングした「帆を上げて」。
帆を上げて出て行くわ あなたの港から
この船につみ込んだ 夢が色あせないうちに
さよならは言わないわ 何気なくひとりで出てゆくわ
あなたとの思い出が 追いかけてこないうちに
 本当は一番やばい曲。レコーディングの時も泣いてしまった歌です。離婚を考えていた頃、その気持ちをうたった歌でしたから。
 でもこの歌なら泣きながらでもうたえる! 彼の死に向き合って、ちゃんと言い切って前に進もう!
 そんな思いでうたいきった時のことを今も覚えています。
 私がこの歌をうたった意味を、聴いていた全ての人が感じてくれたと思いました。
 翌年の夏、アルバム作りに入りました。
 きっかけはゴスペラーズの村上てつやさんが、『花筐』に続いてもう一つ曲、美しいメロディを贈ってくださったことでした。
 この歌詞を作るのは本当に大変でした。
 なぜなら、まっすぐ彼の死をうたおうと決めたからです。
 原稿用紙一冊分書いてもダメでした。
 結局、ちょうど依頼されていたテレビドラマの時代劇のテーマという逃げ道をつけて、やっと書きました。
命尽きる瞬間に 一筋の光受けて
生きた時間の全てを 消えゆく心に刻む
地平線の彼方へ いざなうものは運命
悲しみと痛みに縁どられたレクイエム
「絆 – ki・zu・na」というこの歌をレコーディングすることをバネに、猛然と取り組んだアルバムが『今があしたと出逢う時』でした。
 ひと夏を鴨川にいて、ここにいれば昔も今もみんな一緒にいられる、という不思議な安堵感も生まれ、まずできたのが「檸檬 Lemon」でした。
 今しか書けない歌を書いておきたい、というまっすぐな思いで、素直に歌が生まれたことに、大きな力をもらいました。
 そしてアルバムの最後を締めるタイトル曲として作ったのが「今があしたと出逢う時」。
結んだ手の平にあしたをつかみ
ありったけの力で泣くのは何故
風吹く大地の土を踏んで
こがれる風の中走ってお行き
「人生には三度、祝福の鐘が鳴る」とうたったのは、 エディット・ピアフの「谷間に三つの鐘が鳴る」という歌でした。
 谷間の教会が鐘を鳴らすのは、その村に子どもが生まれた時、誰かが恋人と結婚する時、そして人がこの世を去る時。
 この歌では、1番に命の誕生を、2番に恋人との出会いをうたっています。
 3番はありません。人がこの世を去る時、それはあしたが始まるための祝福ですよと、この「今があしたと出逢う時」というタイトルに託しています。
 この歌は、2005年に放送された北大路欣也さん主演の『名奉行! 大岡越前』(テレビ朝日)のエンディングテーマとして流れました。今も「時代劇専門チャンネル」で再放送されています。
(写真は筆者提供)

今があしたと出逢う時
 作詞・作曲:加藤登紀子
小さな体に宇宙の風を 
受けてまぶしい光の中へ
大きな愛に出逢うために
奇蹟のこの星に生まれたあなた
結んだ手の平にあしたをつかみ
ありったけの力で泣くのは何故
風吹く大地の土を踏んで
こがれる夢の中走ってお行き
どんな時にも弾む心で
風に向って翼広げて
燃える心のままに
あしたを越えて行けばいい
燃える心のままに
あしたを越えて行けばいい
無限の不思議に包まれて
偶然の日に出逢ったふたり
見えない輪の中結ばれて
今夜恋する時を迎える
愛する人と手をつないで
光の中へ旅立つあなた
風吹く大地の土の上に
根を張り花咲く大樹のように
どんな時にも弾む心で
色とりどりの夢を紡いで
愛の日々を重ね
あしたを越えて行けばいい
愛の日々を重ね
あしたを越えて行けばいい
燃える心のままに
あしたを越えて行けばいい
燃える心のままに
あしたを越えて行けばいい
 2004年11月26日発売 アルバム『今があしたと出逢う時』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 

「花筐~Hanagatami~」

この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。