《日が昇り日が沈む》 江の川挽歌
 中国山脈を源流とし、広島県から島根県へ流れるごうかわ。これまでに幾度となく洪水を起こしてきた川だそうですけれど、周りの森の緑を映して鏡のように深々と静かに流れる川で、いくつもの支流と本流の繫がる姿は人の頭脳のようだと言った人もあり、日本海に流れ込む河口の雄大な姿は天空の龍のようだと喩えられる、全長194kmの大河。
 この川とのご縁はもう20年近く、この川に鮭を呼び戻す呼びかけに応えたのが始まりでした。
 でもそれより前の1997年、ウラジオストックから招いた3人のミュージシャンと江津ごうつ市でコンサートを開いた時、この江の川の河口に近い和木の浜の沖合に、1905年5月28日、ロシアのバルチック艦隊の一艘イルティッシュ号が沈没し、投降した乗組員235名の命を村人たちが救った、という史実を教えられたのでした。ロシア人のミュージシャンとその地を訪ねた時、彼らは感動し、その後もここを訪ねてきたそうです。
 バルチック艦隊といえば、その本隊は「百万本のバラ」の生まれたラトビアのリエパーヤから出港したということで、深い縁を感じていました。このイルティッシュ号の乗組員にも、ロシア人のほかにウクライナ人、ベラルーシ人、エストニア人、そしてラトビア人、クリミアに住むタタール人などが含まれており、特に12、13歳の少年兵や60歳以上の老兵も多かったというエピソードや、村人たちが手厚く看病し世話をしたことが語り継がれています。
 和木公民館に展示されているのは、彼らが救命ボートにやっと運び込んだサモワール(湯沸かし器)や衣類など、そのささやかな遺留品に、その時の交流の姿が浮かび上がります。
 日露戦争の真っ只中なのに、人々は迷わず彼らの命を助けた! そのことに、あの頃の日本人のまっすぐな心情が伝わってきて、本当に感動したのです。
 2020年、この江の川の歌をつくりませんか、と声がかかった時、このエピソードへの懐かしさと同時に運命のようなものを感じて早速、江の川を辿る数日の旅をしました。の宿で温泉に入り、石見いわみ銀山で栄えた大森町の古い街並みを歩き、森深く咲く椿の花を見、美しい川の流れに足を入れ、川のほとりの営みの芳しさを楽しみ、いく様にも変化する江の川を満喫したのです。

2020年10月7日 和木の浜にて

 河口付近の浜に立ち、轟々と音を立てる風に叩きつけられながら、海の向こうを眺めていた時、この「江の川挽歌」のメロディが聴こえてきました。
 神代の頃から大陸と交流をしてきた長い歴史を宿す、この地に立って、地の底から聴こえてきた風の声。
 大自然と人を結ぶ川の歌は、遠い過去とこの瞬間を結ぶ命の歌でなければ、と思ったのです。
誰が名付けたかこの川を あばれ川と人は言う
喜び悲しみ憧れを 悠楊はぐくむ江の川
 人の世のいさかいを龍の体に吞み込むような激しさと、奇跡のように静かな流れで子供らを抱きすくめる優しさを、季節の風景の中に描きました。
「知床旅情」や「琵琶湖周航の歌」のように、たくさんの人に歌われて、いつか「詠み人知らず」の歌になったら、と願いを込めて、世に送り出しました。

2021年10月1日発売 ミニアルバム『江の川挽歌』ジャケット

(写真は筆者提供)

江の川挽歌
 作詞・作曲:加藤登紀子
誰が名付けたかこの川を あばれ川と人は言う
喜び悲しみ憧れを 悠揚はぐくむ江の川
遥か昔から人の世は 揺らぎ彷徨う乱れ雲
命を運ぶその日々を 見守り流れる江の川
みどり溢れる山里に 生まれ羽ばたく幼な子を
流れる水辺に抱き寄せて 煌めきほほえむ江の川
幾世隔てた川舟に 見果てぬ祈りの夢を乗せ
永遠の流れの静けさは 遠い宇宙のおくりもの
雪の白さに包まれて 凍る冬空輝いて
ものみな眠る森深く 赤い椿の花が咲く
春は雪解け花吹雪 秋は神楽の祭り歌
夏の嵐の高鳴りに あふれる命の鼓動を聴く
誰が名付けたかこの川を あばれ川と人は言う
天と大地の気高さを 悠揚湛える江の川
天と大地の気高さを 悠揚湛える江の川

 2021年9月1日発売 3枚組CD『花物語』収録

(JASRAC許諾第9023555003Y38029号) 
この記事を書いた人
加藤 登紀子(かとう・ときこ)
1965年、東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」「知床旅情」「琵琶湖周航の歌」などヒット曲がある。N.Y.カーネギーホールで2度のコンサートを成功させたのに続き、92年にパリのラ・シガール劇場でコンサートが認められ、フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」が贈られた。女優として『居酒屋兆治』(1983年)に出演。宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』(1992年)では声優としての魅力も発揮。2021年、日本訳詩家協会 会長に就任。
公式ホームページhttp://www.tokiko.com 近著に「哲さんの声が聞こえる」(合同出版)「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)「自分からの人生」(大和書房)。新譜「花物語」(ユニバーサルミュージック)/YouTube「土の日ライブ」毎月11日配信。