回想しながら書くということ
~山田稔・黒川創トークイベントレポート~
イベントの会場となった恵文社一乗寺店は、以前、連載「本と人と街をつなぐ 明日へ続く本屋のカタチ」でも紹介した、1975年から営業を続ける独立系書店のパイオニアともいえる書店です。落ち着いた雰囲気の店内には、選び抜かれた魅力的な本が並べられています。イベント当日には、山田稔さん、黒川創さんの本も多く並べられていました。
それぞれの本への感想から、映画についてのお話、それぞれの執筆方法などなど、長い付き合いのある二人のトークの話題は多岐に及びました。
山田稔さんの『某月某日 シネマのある日常』を刊行した編集工房ノアは、『山田稔自選集』全3巻をはじめ、山田さんの本を数多く刊行している、大阪を拠点とする出版社です。その最新刊である『某月某日 シネマのある日常』は、1992年から1996年の間に見た映画のなかで印象に残ったものを取り上げつつ、その時期の日常が綴られています。コロナ禍の生活の中で、手元に残っていた当時の映画のチラシと映画のメモ、日記を基にしながら執筆をする日々は、「当時にタイムスリップするようだった」ようです。「現在と過去が入り混じるような、二つの時間を生きているような不思議な日々だった」とのこと。
黒川さんは、この本の前作にあたる『シネマのある風景』(みずす書房、1992年)が刊行された時、ひとりの読者として読んでいたようです。30年ぶりに続編が刊行されることに、そしてその間も数多くの本を刊行し続けていることが驚きだと語っていました。山田さんは1930年生まれで現在91歳、「おそらく現役最高齢作家」ではないかとのこと。
黒川創さんの『旅する少年』は、1973年から1976年まで、小学校高学年から中学卒業までの4年間に繰り返した旅について、当時の写真や切符などをもとに、回想しながら書かれた1冊です。山田さんはそんな黒川さんの少年時代を「恐るべき子ども時代」と表現していました。
本を読んでいる最中に、山田さんから黒川さんへ、『旅する少年』の感想を記した私信が3度、立て続けに届いたようです。「毎日、続きを読むのが楽しみ」で、その都度感想が浮かび、私信を送っていたとのこと。「中学生にしてこのような旅を繰り返していたことに驚くが、同時に、ひとりの時間の寂しさも感じられて、ひとに飢えていた少年時代だったことが伝わってきた」とお話しされていました。
また黒川さんのお父さんでもある北沢恒彦さんは、山田さんの母校・鴨沂高校の少し後輩にあたり、2004年に編集グループSUREより刊行された、北沢さんの遺文と山田さんの書下ろしを合わせた『酒はなめるように飲め/酒はいかに飲まれたか』を、お気に入りの本として紹介していました。
お二人と親交のある津野海太郎さんもイベントに参加していました。2冊の本の感想をお話されたのですが、特に「映画を見るという行為は、スクリーンを見ている時だけじゃなくて、映画を上映しているところを探したり、映画の後でお茶をしたり、その行為全体が映画を観るということだった。そんなことを思い出す1冊だった」という言葉が印象に残りました。
2時間があっという間に過ぎてしまった、楽しいトークイベントでした。同時に、本を担当した身としては、目の前で山田さんが、楽しそうに『旅する少年』の感想をお話しされていたことが、とても嬉しかったです。
2022年7月21日から24日まで、京都にある堺町画廊にて、黒川さんらが運営するリトルプレス、編集グループSUREの創業20年を記念するイベント「SURE書店」が開催されます。編集グループSUREが20年間に刊行した80数点の書籍すべてを見ることができる展示会イベントです。(イベントの詳細はこちら)
会場では、『旅する少年』のパネル展も同時開催いたしますので、ぜひ足をお運びください。
会場では、『旅する少年』のパネル展も同時開催いたしますので、ぜひ足をお運びください。
(取材・文・写真/堀 郁夫)