南條 竹則
第30回後編 青魚の味噌煮以前、泉鏡花の文中に出て来る「書生の羊羹」のことを書いたけれど、じつは森鷗外もこの呼称に言及していた。
それは「雁」の一節に於いてである。
寄宿舎には小使がいた。それを学生は外使に使うことが出来た。白木綿の兵古帯に、小倉袴を穿いた学生の買物は、大抵極まっている。所謂「羊羹」と「金米糖」とである。羊羹と云うのは焼芋、金米糖と云うのははじけ豆であったと云うことも、文明史上の参考に書き残して置く価値があるかも知れない。(『雁』新潮文庫15頁)
上の文章を見ると、初めに学生・書生が「羊羹」という符牒を使い、それを第三者が聞いて「書生の羊羹」という表現を作り出した過程が想像される。まことに先人は良いことを書き残してくれたのに、それを知らないでいたわたしは迂闊であった。この「雁」という小説には、食べ物と食べ物屋のことがよく出て来る。
「宝丹のじき裏の内」の玉子煎餅、如燕の佃煮(講釈師桃川如燕が副業に営んだという)、本郷通りの粟餅の曲擣、和菓子屋の藤村、今川小路の茶漬屋──これらは不忍池を中心として上野、本郷、神田界隈に及ぶ地域、すなわち物語の舞台の、いわばローカル・カラーを醸している。
もっとも頻繁に登場する食べ物屋は、蕎麦屋の「蓮玉庵」だ。この老舗は現在上野仲町通りにあるが、小説が書かれた頃にはもっと不忍池の近くにあった。
「ヰタ・セクスアリス」に出て来た料理屋「松源」も重要な役割を果たしている。
この小説の女主人公は、お玉という娘だ。彼女は貧しい飴屋の父と二人暮らしをしていたが、妻子ある警官に騙されて偽りの縁組をさせられた。近所に顔向けができないのでよそへ引っ越し、苦しい生活をしている。
このお玉を高利貸しの末造が妾にして、無縁坂の中程の家に住まわせる。彼が初めてお玉と会ったのが、「松源」の座敷だった。
末造が通されたのは、一階の六畳間だった。
「どうも暮れてしまいますまでは夕日が入れますので」と、案内をした女中が説明をして置いて下がった。真偽の分からぬ肉筆の浮世絵の軸物を掛けて、一輪挿に山梔の花を活けた床の間を背にして座を占めた末造は、鋭い目であたりを見廻した。
二階と違って、その頃からずっと後に、殺風景にも競馬の埒にせられて、それから再び滄桑を閲して、自転車の競走馬になった、あの池の縁の往来から見込まれぬようにと、切角の不忍の池に向いた座敷の外は籠塀で囲んである。塀と家との間には、帯のように狭く長い地面があるきりなので、固より庭と云う程の物は作られない。末造の据わっている所からは、二三本寄せて植えた梧桐の、油雑巾で拭いたような幹が見えている。それから春日燈籠が一つ見える。その外には飛び飛びに立っている、小さい側柏があるばかりである。暫く照り続けて、広小路は往来の人の足許から、白い土烟が立つのに、この塀の内は打水をした苔が青々としている。(同31頁)
ここへお玉と父親がやって来る。末造は父親がついて来たのを疎ましく思ったが、やがて一座は思いの外なごやかな雰囲気になり、妾奉公の話は決まった。
二階と違って、その頃からずっと後に、殺風景にも競馬の埒にせられて、それから再び滄桑を閲して、自転車の競走馬になった、あの池の縁の往来から見込まれぬようにと、切角の不忍の池に向いた座敷の外は籠塀で囲んである。塀と家との間には、帯のように狭く長い地面があるきりなので、固より庭と云う程の物は作られない。末造の据わっている所からは、二三本寄せて植えた梧桐の、油雑巾で拭いたような幹が見えている。それから春日燈籠が一つ見える。その外には飛び飛びに立っている、小さい側柏があるばかりである。暫く照り続けて、広小路は往来の人の足許から、白い土烟が立つのに、この塀の内は打水をした苔が青々としている。(同31頁)
さて、「雁」のもう一人の主人公は岡田という学生で、語り手「僕」と同じ上条という下宿屋に住んでいる。
美男子で、行状も真面目な男だ。彼は毎日散歩の道筋でお玉の家の前を通る。お玉はいつも格子戸の窓の中から岡田を見て微笑んでいる。
岡田は彼女が気になり、ぞっこん惚れ込むというほどではないが、通りがかりに必ず会釈するようになる。一方、お玉はだんだんと岡田に熱を上げ、自分を惨めな境涯から救い出してくれる人かもしれないなどと考え始める。
そしてある日、お玉は末造が来ないことがわかっているのを幸い、今日こそ思いを伝えようと決心して、下女を家に帰し、岡田が散歩に来るのを待つ。
ところが、思わぬ邪魔が入った。
小説の語り手「僕」である。
僕は下宿屋や学校の寄宿舎の「まかない」に饑を凌いでいるうちに、身の毛の弥立つ程厭な菜が出来た。どんな風通しの好い座敷で、どんな清潔な膳の上に載せて出されようとも、僕の目が一たびその菜を見ると、僕の鼻は名状すべからざる寄宿舎の食堂の臭気を嗅ぐ。煮肴に羊栖菜や相良麩が附けてあると、もうそろそろこの嗅覚のhallucinationが起り掛かる。そしてそれば青魚の未醬煮に至って窮極の程度に達する。(同127頁)
お玉が岡田を待っていた日、たまたま、この青魚の未醬煮(味噌煮)が上条の晩飯の膳に上った。「僕」は青魚を女中に下げさせ、外食でもしようと思って、岡田を散歩に誘う。二人はお玉の家の前を通るけれど、余計なお末社がついているから、お玉は声をかけることもできない。恨めしく岡田の姿を見送るだけだ。彼女にとって千載一遇の好機は失われた。「青魚の煮肴が上条の夕食の饌に