岡崎 武志

第30回 大阪弁小説としての成功

 山崎豊子『花のれん』は、吉本せいというモデルはあるものの、明治末年から大正、戦争をはさんで戦後まもなくまでの昭和を、世相を含め一気に書き切ったような快作である。とにかく面白く、とくに高度な文学的教養などの持ち合わせがなくても、ふだんから芝居や映画などを見ている人なら容易にその世界に入り込み、混乱や不明、誤解などが生じなく読めるはず。
 この小説の魅力はいろいろあるが、大阪弁の会話が生き生きしていることをまず挙げておきたい。日本の近代小説は東京で発生し、標準語による口語文体を基礎とするもので、地方の言葉がなかなかなじまなかった。地の文は標準語による文体により完成され、会話を方言で溶け合わせるのに苦心した。
 田辺聖子『大阪弁おもしろ草子』(講談社現代新書)で、近代に「大阪弁の小説は少い」ことを指摘、続けてこう書く。
「なんで、大阪弁で書かれた小説が出なんだのであろう。大阪弁の樋口一葉や、大阪弁の谷崎潤一郎が、なんで出なんのであろう」
 上司かみつかさ小剣しょうけんの『はもの皮』や藤澤桓夫たけおの「大阪弁は、かなり純度がたかい」。大正11年に書かれた水上滝太郎の『大阪』については、「大阪弁そのものにまちがいがある」という。東京人の水上が、大阪弁の小説を書くにあたり、船場の人に生粋の大阪弁をレクチャーされたようだが、それでもネイティブのようにはいかない。独特なエロキューション、音韻やリズムを持つ大阪弁を文字化するのは困難だ。『花のれん』はその点をみごとに処理している。
 多加が小金貸しのきん婆さんに借金を申し込むセリフ。
「今お借りするお金で、寄席を開業してから初めて迎えるお正月の入れもの買いたいのだす、商いいうもんは、固い用心ばかりでは大きうなりまへん、どこかで一回、根性を据えてえらい目を背負うてみなあきまへん、わてらもここでえらい目やらかしてみておくれやす(後略)」
 これを「私もここでとんでもないことをやらさせてみて下さいませんか」と書いたのでは、多加の強い決意の伝導が鈍くなる。しかも、心情ははるか遠ざかるのだ。
 大阪の地方語である大阪弁は、このあと花登はなとこばこの大阪商家ドラマや、上方漫才などで全国に認知されていく。『花のれん』が発表された1958年の時点ではどうだったろうか。
通天閣は大阪のシンボル
 吉三郎が妾宅で急逝し、多加は寡婦となる。葬儀の時、多加は白い喪服を身に着け、周囲を驚かす。「船場の商家で夫に先だたれ、一生二夫に目見まみえぬ御寮人さんは、白い喪服を着てこころの証をたてるしきたりがある」のだった。この「白」い喪服は効果的で、これから多加が寄席興行の女王となる決意の旗印として読者の眼に強く焼き付く。
 ぐうたらで意志薄弱の亭主はむしろ足かせであったので、ここからそろばん片手に多加の快進撃が始まる。客の入りが悪い時は冷やし飴を打ってにぎやかし、次々と寄席を買収し芸人の販路を広げていくのだ。大正9年に人気の出始めた「安来節やすぎぶし」を、片腕となる番頭のガマ口の反対を押し切り、地元の出雲まで買い付けに行き成功を収めるのも多加の才覚をよく表している。そして東京進出も果たす。
 私が興味を持ったのは、大阪のシンボル「通天閣」を買い取る件だ。最初は両側にある寄席2軒を買う話だったが、3代目の持ち主が手を余し「あの真ン中に突っ立っている通天閣も、一緒に買うてくれはれしまへんか」と申し出があった。これにもガマ口は採算に合わないと反対するが、多加は勝負に出る。つまり心意気として大阪のシンボルをわが物にしたのだ。吉本せいも通天閣を買っているから、これは史実通り。しかし、通天閣に掲げられた「ライオンはみがき」の電飾の広告料を取るというアイデアは、史実とは違う。
 橋本紳也『大阪モダン 通天閣と新世界』(NTT出版)によれば、運営していた「大土地」という会社が、通天閣売却の話が出たとき、「当座の収入を得ようと」広告塔として使うことにした。ちなみに今も建つ「通天閣」は2代目で、多加が買ったのは初代である。
 道頓堀のひざ元には「新世界」という歓楽街が拡がっている。
「道頓堀、千日前より、さらにくだけたこの新世界には、仲見世も出て、小屋がけの芝居やサーカスで賑わっていたが、ここの名物は、何といっても、新世界の、玄関口に聳えている通天閣である。鉄骨で組んだ塔の上に饅頭のような屋根を持った望楼があり、エレベーターで昇降出来るようになっている」と『花のれん』に描写がある。
 写真が残されているので「初代」がいかなる姿だったかが分かる。現在のデザイン(内藤ないとう多仲たちゅう)とはまるで違ったのだ。凱旋門の上にエッフェル塔が建つ「偽物のパリ」(『大阪モダン』)であった。遊園地を擁する「ルナパーク」には「ホワイトタワー」という白亜の王宮を模した建物があり、なんと通天閣との間にロープウェイが結ばれていたという。ルナパーク東側には、「朝日劇場」「大山館」「玉手座」と規模の大きな劇場が建ち、しかもそれぞれが英国近世風、ゴシック時代の古城、インド・イスラム風とエキゾチックな建築だったと『大阪モダン』は伝えている。
 明治末年から大正期にかけての新世界が、いかにきらびやかだったか。その大大阪のエネルギーの象徴として多加の姿もあったのだ。

(写真は全て筆者撮影)

この度、当連載が早くも本になりました!


『ふくらむ読書』(春陽堂書店)岡崎武志・著
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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。