岡崎 武志

第41回 ステッキ小説としての『彼岸過迄』(後編)

 一時期危篤状態にあった「修善寺の大患」を生きながらえて、後期三部作の第一弾として発表されたのが「彼岸過迄」。今回はこれを「ステッキ小説」として読もうという試みである。
 前半の主役・田川敬太郎は、大学を卒業するも無職で、賄い付きの下宿に暮らす独り者。彼の手に、意外な形でステッキが握られることになる。
 同じ下宿の森本という男が登場する。新橋の鉄道会社に勤務するらしい30過ぎ、口ひげの男。かつて妻子を持つ身であったが、子を失い、今は一人である。この「子を失う」という設定は、のち「松本の話」でも出てくる。『彼岸過迄』連載の前年1912年(明治45・大正元年)に、漱石は幼い5女ひな子を失う。相当ショックだったようだ。この喪失感と悲しみが本作に流れ込んでいる。
 ふだん付き合いのない森本と、朝風呂で敬太郎はばったり会い言葉を交わす。敬太郎の部屋で森本はあれこれ話し始めるのだが、広い世間を渡り歩いた男で、様々な冒険譚の持ち主であった。北海道で鮭を獲って儲けた、四国の山中でアンチモニー(合金の材料)が出ると触れ歩く、酒樽の飲み口を作る会社の設立など浮世離れした話ばかり。あげくに、岩の上で熊が昼寝するのを見ただとか、盲人が山の難所を登っていったというあたりは、ほら話すれすれで落語の「弥次郎」(いい加減なほら話を語る男)を思わせる。
 とにかく、自身もシンガポールでゴム林栽培を夢見るようなロマンチストの敬太郎は、この「非凡の経験に富んだ平凡人」の森本から大いに刺激を受けるのだ。ところが、この男が6カ月も家賃を溜めたあげく、ある日行方をくらます。敬太郎は森本の友人と目されたため、大家から家賃について談判されるなど迷惑をこうむるのだが、彼の身代わりのように玄関の傘入れに差さっていたのが妙な洋杖ステッキであった。
「この洋杖は竹の根のほうを曲げて柄にした極めて単簡のものだが、ただ蛇を彫ってある所が普通の杖と違っていた。(中略)彫ってあるのはただ頭だけで、その頭が口を開けて何か呑みかけているところを握りにしたものであった」
 森本はこれを自分で竹を切って、柄に蛇を彫った。この異様は、森本という人物をよく表している。逐電した上海から届いた森本の手紙には、この洋杖を記念として敬太郎に進呈するという。しかし、敬太郎は「森本といえば洋杖、洋杖といえば森本」と気に留めつつ、手を出さなかった。ずっと傘入れに入ったままで敬太郎を圧迫することになる。
 この小道具の遣い方がうまい、と私は思う。いつか必ず、敬太郎がこの洋杖を持って外出する日が来るはずだと読者に心の用意をさせる。そして、ついに洋杖は外へ出る。そのとき、ずっと停滞し、詰まった用水路のような敬太郎の未来が、堰を切って流れ始める。そして、明日の日を指し示す魔法の杖となるのだ。
洋杖が敬太郎の行方を指し示す
「彼は今日こんにちまで何一つ自分の力で、先へ突き抜けたという自覚をもっていなかった。勉強だろうが、運動だろうが、その何事に限らず本気にやりかけて、貫きおおせたためしがなかった」敬太郎の煩悶は就職問題であった。友人・須永の叔父にあたる田口という男に就職の斡旋を頼んでいる。田口が住む内幸町に敬太郎は何度か足を運ぶが、会えなかったり会えても要領を得なかったり不親切にしか思えない。そこで、あろうことか占いに頼るという意外な展開を物語は迎える。
 占いの看板を浅草橋の生薬屋に見つけて中へ入ると、裁縫をする婆さんが座っていて、彼女が占う(まさかこの人が?)という。「文銭占い」という銭を使っての占いだ。細かいことははぶくが、婆さんは文銭を並べて、ずばり「あなたは今迷っていらっしゃる」と敬太郎の心の内を言い当てた。そのうえでこう告げる。
「あなたは自分のようなまた他人ひとのような、長いようなまた短いような、出るようなまたはいるようなものを持っていらっしゃるから、今度事件が起こったら、第一にそれを忘れないようになさい。そうすればうまくいきます」
 これは森本が残した洋杖の条件に合致する。ようやく田口から与えられた、小川町の停留所で降りる「眉と眉の間に黒子ほくろがある」男の行動を監視し、報告せよという探偵仕事をするにあたって、いよいよ敬太郎は洋杖を握ることとなる。このあたり、あれよあれよの展開で、読者は敬太郎と一緒に行方も知らないまま動いていくのだ。後半からの「須永の話」は、内面描写が主流となり、こうしたリズミカルな動きは失せてしまう。
 少ない情報で、広い東京の下、見たこともない男を追跡するあたり、どの電車に乗るか迷った時に、洋杖が活躍する。電車を前に迷う敬太郎に、急いで乗車する男がぶつかり、洋杖を下に落とす。「彼はその時蛇の頭が偶然東向きに倒れているのに気が付いた」。それを「指標のように感じた」敬太郎は、「やっぱり東がよかろう」と行く手を定める。まことに映像的な場面で、映画やドラマ化されれば、ここは洋杖の握りである蛇の頭の飾りがクローズアップされるところだろう。
 こうして、のんきで優柔不断な主人公を決定させ、先へと導くのが洋杖であった。主人公がバトンタッチする「須永の話」で、二人は柴又を散策し、つい最近まで実在した川魚料理店「川甚」で憩う。そこで須永が許嫁のような存在である千代子との結婚問題について語り合う。須永もまた、自分で運命を選べぬ男だった。千代子を嫁に貰うか貰わないかの分岐点にさしかかった須永が、敬太郎の例の洋杖に目を留める。「また洋杖を持って来たんだね」と言うから、すでに洋杖は敬太郎が外出する際のお供になっていた。
 敬太郎は「『この通りだ』と蛇の頭を須永に見せた」。ここが主人公のバトンタッチのサインで、「須永の話」は、須永が千代子との問題について敬太郎に語るという設定で長い叙述が始まる。「こころ」で言えば、先生の遺書に相当する。洋杖の話題はそれっきり出なくなるが、私はそれを惜しむ。柴又「川甚」で迷える友が洋杖に言及したところで、敬太郎は須永に洋杖を譲るべきではなかったか。
「じゃあ、これを君にあげるよ」「いいのかい」「ああ、いいんだ。用は済んだんだ。これから君の運命は、この洋杖がきっと決めてくれるよ」などとやり取りの末、洋杖は須永の手に渡り、小説も須永が中心となる。このバトンタッチにふさわしい小道具こそ洋杖ではなかったか。「彼岸過迄」が二極に分解し、やや唐突な印象をもたらすには洋杖が必要だったと私は思う。漱石先生、いかがでしょうか。

(写真は全て筆者撮影)

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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。