トークイベント「シネマとお酒の多様な関係」こぼれ話
こちらでは、イベントの番外編として、ふたりがもっと話したかった映画作品やシーンについて、書簡の形でおおくりします。

カフェORAND(2階のOUETもイベントスペース)
【WEB書簡①】白央篤司さんから月永理絵さんへ
月永さん、先日のトークイベントではありがとうございました。「お酒と映画」なんてテーマで2時間も話せて、楽しかったです。お酒や料理がおいしそうな映画の話はよくあるけれど、まずそうなビール*1や、コップで飲むワイン*2が印象的な映画、あるいは「さほど映ってないけど印象的すぎたラーメンと焼酎」*3の映画話なんてなかなか出来ません。
お客さんも引かずに、熱心に聞いてくださってよかった(笑)。

トークイベントで乾杯!
以前にインタビュー*4させていただいたとき、「映画の中の酒場に行けるとしたら、どこへ行きたいか」という質問に、「小津安二郎監督の『秋刀魚の味』(1962年)で岸田今日子がやっているトリスバー」と答えられましたね。酒のシーンが多い小津映画の話、時間切れで出来ずに残念でした。
あのバー、加東大介が軍艦マーチで敬礼するシーンが有名だけど、笠智衆と佐田啓二が飲むシーンもいい。ふたりが飲み出すと斎藤高順の音楽がスーッと入ってくる。アコーディオンなのかな、あの音は。のどかで、心浮き立つような小津調のメロディ。景気のよい昔の酒場街っぽくて、見ていて楽しくなります。
ところが『東京暮色』(1957年)だと、山田五十鈴演じる女性が衝撃的な知らせを受けて、ふらふら歩き出すところで似たような音楽が入る。女性の悲劇とのんきなメロディの対比。そんな音楽をバックに山田五十鈴がなじみの飲み屋にぼうぜんと入って、一杯やりますね。あのシーンはすごい。心ここにあらずという感じで飲む安酒が映画の小道具としてすごく効いている。適当もいいとこの燗付で、酒自体も良質とは言い難いもの。大事にされてないお酒というのが、彼女の人生を象徴しているような。このシーン、山田五十鈴の盃を持つ手つきと飲み方がすごくいいので、はじめて見る人は注視してほしいです。飲み方にも役が出ますね。
『東京暮色』って暗くて冷たい感じの話で、小津映画の中でも人気のないほう。私も『晩春』(1949年)や『麦秋』(1951年)で小津映画を好きになったので、最初は幻滅に近い感覚があったんですが、年をとるほど引き込まれるようになりました。冒頭の浦辺粂子が女将さんやってる飲み屋、あそこに行けるものなら行きたい。どんなに熱くお燗してもすぐ冷めそうな店だけど、そこがいい。田中春男の隣で、志摩半島の牡蠣やこのわたで一杯やりたいなあ。
しかし小津映画って、本当に酒がよく出てくる。特に忘れられないのは『秋日和』(1960年)で、原節子と司葉子の親娘がとんかつ屋さんで食事するところ。サッポロの赤星を原さんがキューッと飲み干すシーン、最高ですね。俄然ビールが飲みたくなる。原さん自身、かなりのお酒好きだったと聞きます。大のお酒好きといえば小津監督も。明るいうちからよく飲んでいたとか。黒ビールに生卵落として飲むのが定番だったなんて司葉子さんが証言されている。私はかなりの小津ファンなんですが、これはちょっと真似したいと思えず(笑)。
好きが高じて、小津監督がよく脚本執筆に利用したという神奈川の茅ヶ崎館にも泊まったことがあるんです。実際に長逗留されてた部屋に泊まれてね。「ああ、小津さんもこの柱を背にしたことがあるのかな……」なんて思いながら飲む酒、格別でした。「原節子さんもこちらにお見えになったことがあるそうですよ」と旅館の方にうかがえて、うれしかった。と、話がテーマから逸れてきてしまったな。
「お酒と映画」でいえば、忘れられない作品があります。ロバート・ミッチャム主演の『過去を逃れて』(ジャック・ターナー監督)、1947年のアメリカ映画でいわゆるフィルム・ノワールの一本。裏社会のボスが逃げた女の行方を探偵のミッチャムに依頼するんですが、その女と恋仲になってしまう……という話。
とにかくよくお酒が出てくる。実際に飲むシーンだけでなく、「アカプルコのカフェでは毎日ビールを飲んだ」なんてひと言や、ヒロインがウェイターに「キューバリブレをちょうだい」なんて伝えるセリフが記憶の端々に残って、降り積もっていく感じ。逃避行、噓、美女と犯罪、追跡そして裏切りみたいなテーマと展開にバーボンやスコッチ、マティーニやジントニックなどが登場してはムードを添える感じが実によかった。アマプラにあるんですが(Amazon Prime Video他で配信中、2025年2月現在)、見ながらどうにもこうにも飲みたくなっちゃってね。ただお酒が飲みたいんじゃなく、久しぶりにバーに行って、きちんとバーテンダーが作ってくれたお酒を飲みたくなりました。映画館で見てたら、迷わずバーに直行したろうな。そういう気持ちにさせてくれる映画って、いいものですよね。お酒が出てくる映画はいくらでもあるけど、見終わった後に登場人物を気取って、映画に出てきたような酒場に行きたくなる……なんて映画は傑作だと思う。『過去を逃れて』を見たら久しぶりにマティーニが飲みたくなりました。というわけで、私のコラムはここまで。では、バーに行ってきます。
*1『リオ・ブラボー』ハワード・ホークス監督、1959年/『WANDA/ワンダ』バーバラ・ローデン監督・主演、1970年
*2『現金に手を出すな』ジャック・ベッケル監督、1954年
*3『魚影の群れ』相米慎二監督、1983年
*4 白央さんによる月永さんインタビュー「ぬるそうなビールや粗末な紙袋のラスク…映画が描く「酒と食」に私がどうしようもなく惹かれる理由」CREA WEB、2024年10月
白央 篤司(はくおう・あつし)
フードライター、コラムニスト。1975年東京都生まれ。「暮らしと食」をメインテーマに企画・執筆する。最新刊は『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』(太田出版)。古い日本映画やサスペンス映画、フランス映画も愛好。最近お気に入りのおつまみは、厚揚げの焼いたのとイワシのマリネ。
■イベントのもようはぜひアーカイブでお楽しみください。
※2月28日(金)までの販売です。
■ORANDは両国の書店YATOの佐々木友紀さんが運営しています。佐々木さんへのインタビューはこちら⇒「本と人と街をつなぐ 明日へ続く本屋のカタチ」【28】(2020年9月)
本のサイズ:四六判/並製/312頁
発行日:2024/06/24
ISBN:978-4-394-77009-1
価格:2,200 円