岡崎 武志

第58回 多種多芸の江戸文人・柳沢淇園

 今回は江戸中期の文人・柳沢淇園きえんが書いた随筆「ひとりね」を取り上げる。
 ええっ、と腰を引かれるかもしれないがだいじょうぶ。私だって不案内な世界なのである。そこでおずおずと取り掛かることにしよう。
 その存在を知ったのは博学の評論家・種村季弘のエッセイだった。いま手元にないので確かめられないが、「漫遊記」シリーズの1冊『食物漫遊記』(ちくま文庫)の中で取り上げられ、たしか飲酒の徳について淇園が書いているというような話だった。へえ、面白い人がいるなあ、と思い、名前と代表的著作「ひとりね」をメモしておいた。
 少し調べると、この「ひとりね」は、岩波書店の日本古典文学大系の96巻『近世随想集』に収録されていると知る。同大系が日本の古典文学のテキスト普及に多大な功績があったことは言うまでもない。全100巻+別巻で、96巻はもう最後のほう。この手のシリーズものは、後の巻になればなるほど入手が難しくなる。
 緊急なれば図書館で借りればいいが、何とか蔵書に加えたかった。ネット検索してみたら、おおむね1300円から1800円の間で買えそうだ。しかしどうしても今、ということではない。即売会でなら100円ぐらいから買えるはずで、そのうちいつか見つけたらと余裕をもっての探書リストに入れておいた。
 ところがこれが難航したのである。100巻のうち前半は『万葉集』『古今和歌集』『竹取物語・伊勢物語・大和物語』『源氏物語』『枕草子・紫式部日記』『方丈記・徒然草』など、国語の教科書にも採択されるようなよく知られた人気作品が並ぶ。これらはよく売れるし、部数も多いからわりあいすぐ見つかる。たとえば私が所持する『方丈記・徒然草』は30巻で昭和32年に初版が出て、昭和50年に21刷と版を重ねている。
 ところがその後、投げ売り状態の「大系」を見るたび、「96」をチェックしたがどうにも見当たらない。思ったより大変だぞ、と認識をして3ヶ月ぐらい経った時、高円寺「西部古書会館」の「均一祭」(初日200円、2日目100円、ときに3日目50円)の2日目に足を運んだところ、とうとう見つけた。脳内で小さく「やった!」と叫んだ。ちゃんと月報も挟まっていて、書きこみ等もなし(大学のテキストでよく使われるので、要チェック)。昭和40年初版で、これは昭和48年8刷。頑丈な函で保護されているため、本体の状態も非常にいい。ずしりと重たかったが、うれしい重さである。ネットで簡単に入手してしまうと、この重さの喜びはわかりません。
柳沢淇園とは?

『近世随想集』(「随」は本字が使われているがここは略字で行きます)には「ひとりね」のほかに「孔雀楼筆記」「山中人饒舌」「槐記」を収録。「ひとりね」が半分近くの分量を占める。柳沢淇園(1703~58)については、同著の校注者・中村幸彦の解説、月報の野間光辰の「随想」、伴蒿蹊『近世畸人伝』(岩波文庫) を参考に叙す。
 生誕は江戸。名は幼名から字、通名、ほかの号と多数あるが、ここでは淇園で統一する。父・保格が柳沢吉保に仕え江戸詰めとなり家老職に就いた。元来の姓は曽祢だったが、主家より柳沢の姓を許された。大変な栄達だ。淇園自身、父の退隠により家督を兄と二分し7歳にして2000石を与えられたという。
 幼くして学問を身に付け、多芸であった。「人の師たるに足れる芸十六に及ぶとぞ。仏学さえこころ得て、俱舎論を聞きし僧もありけるとかや」(新字、現代表記に改めた/以下同)と『近世畸人伝』にある。学問のみならず。能や鼓に笛、篆刻、香道、俳諧も嗜んだ。特に画業は秀逸だったようだ。これらを10代で身に付け、吉原に足を運ぶ放蕩者でもあった。淇園まだ10代、まさしく江戸の春を謳歌した。
 ところが将軍綱吉の死により吉保は隠遁、柳沢家は没落していく。淇園の父も没し、兄保誠とともに大和郡山へ国替となる。その享保9~10(1724~5)年の頃に、「ひとりね」は書かれた。失意と閑暇により生まれた作品だった。華の江戸は遠く、片田舎で淋しく暮らす時、「彼は吉原のしゃれた遊びを懐かしく思わざるを得なかったのであろう。女郎と地女の比較論を繰り返し述べているのは、そのためではなかろうか。いわば『ひとりね』は、淇園の青春への訣別の書であると思う」と野間は書く。また、藩の家老の娘・多世子を大和郡山で娶った。「ひとりね」はいよいよ遠ざかったのである。
 中村幸彦解説によれば、これは「人に見せるべきものでもなかった」前提での執筆であった。それだけにかえって、他人の眼を気にすることなく「彼のはっきりした嗜好が、彼の女性の好みにも」あらわされている。その自由さと文章の質が「近世の随筆中、もっとも文学性に豊かなものたらしめている」と高く評価するのだ。文学は基本的に閑つぶしの産物である。
「ひとりね」を読む
「ひとりね」は「上之巻」77編、「下之巻」54編から成る。2、3行で終わるものもあれば数ページにわたる作品もある。なお刊行本はなく、現存はすべて写本である。しかも流布するにいくつも種類があるようだ。もちろんここは日本古典文学大系のテキストによる。総目録にはタイトルがつくが、これものちの人による心覚えでついたものか。
 タイトルを少し拾うと、「女はもみあげ」「女に十一の嫌」「情けより嬉しきものはなし」「うそは大事」「物には必ず前兆あり」「哀楽のうら表」「秋なすび」「見ると聞くと」など、その脱力ぶりがうれしい。テーマは世帯風俗から人事までずいぶん広範にわたる。これらは、すべて前述のごとく、若き日よりの学問と、遊里での放蕩などの経験を元にする。その蓄積の厚みと風狂ぶりは、とても21、2の青年の筆とは思えない。なかには「耳かき」なんて、木山捷平の小説みたいなタイトルもある。
「耳かき」は「上之部」の「一五」番。短いから引いておこう(ここは本文通り)。これは分かりやすい。
「耳かきはべつかふもよし。耳にくすりなりといふ。銀よし、竹もよしとすれどわるし」
「べつかふ」は「鼈甲」。以下、耳かきの材質を並べる。注にはないが、おそらく吉原の遊女に膝枕で耳かきをさせている経験を書いたものだろう。「耳かきはくすり(薬)」は、遊女の言葉ではないか。面倒がる若き淇園に「耳かきするは薬でありんすよ」などとねっとりした声で言う。考えすぎか。
 いや、そう思わせるほど、「本書は最も多くの部分を、遊女と遊びの道にさいている」(中村幸彦)。これも短い「上之部」の「五」。
「折岡といふ女郎が言ひしは、勤のうち床にさへいらずば郭にふだん居たき物のよし言へり。『床ほどつらきはなし。いやなる客は床よりすぐ立にして、此里に借金といふものあらずば一入ぞ』といひしも、にくからぬことにや」
「折岡」は吉原遊女の名。「床」(性行為)がよほど苦痛だったようだ。それなのに、「いやなる客」は、それが終わるとさっさと帰ってしまう。本当にいい客は、「床」なしで、酒と肴をやったりとったりしながら時間を過ごすということか。「借金」が遊女を廓へ半永久的に縛り付けた。よく聞く、身につまされる話だが淇園は記録に残す。
「上之部」の「一三」も遊女の話。「女郎さまにもうつくしいあり、かわゆらしい有り、あどけなき有、智惠ある有、じまんらしい有、にくてらしい有、あわれなる有、いやしき有、もつたいらしいあり、うれい成あり、おかしき顔あり」と女郎の品定めをしている。続いて「中にて、あどけなきを第一にすべし。女郎のちゑすぎたるはいやなり」と書く。中村幸彦も「彼の女性の好みにも共通して、小さく可憐なものに向いている」とする。「あどけなき」がそれに当たるか。
 ともあれ、大和郡山にありながら、吉原の日々を懐かしむ憧憬が「ひとりね」のあちこちに見受けられる。「昔も今も、遊女といへばたゞ人をそそのかし、あしざまの風俗と思ふ人多し。(中略)さまでいやしめたるものにあらず」(上之部・四六)と遊女を弁護している。その証左として古今集、著聞集、西行などが遊女のことを歌にし、あの小倉黄門卿も「遊女によする歌」を詠んだことを挙げる。「小倉黄門卿」って誰だ? 注によれば藤原定家のことで「嵯峨の小倉山下に別荘を持っていた故にいう。黄門はその中納言の唐名」。
 いやあ、まったく知りませんでした。私がここでさも理解して書いているように見えるのも、すべては注釈のおかげ。偉い学者が日頃から積み上げた研究と学識を、こうして開陳してくれるのはつくづくありがたいことです。
『近世畸人伝』によれば、大和郡山での淇園は「客を好みて、才不才をいはず、寄食せしむるもの幾人といふ数をしらず。あるひはかりそめに来たるものをも、年を経て還さず。家禄多けれども、これがために乏しきに至る」という。蓄財を惜しげもなく他人のために消費する大人物であった(下図参照、中央が淇園)。

(写真は全て筆者撮影)

≪当連載が本になりました!≫


『ふくらむ読書』(春陽堂書店)岡崎武志・著
「本を読む楽しみって何だろう」
『オカタケのふくらむ読書』掲載作品に加え、前連載『岡崎武志的LIFE オカタケな日々』から「読書」にまつわる章をPICK UPして書籍化!
1冊の本からどんどん世界をふくらませます。
本のサイズ:四六判/並製/208P
発行日:2024/5/28
ISBN:978-4-394-90484-7
価格:2,200 円(税込)

『ドク・ホリディが暗誦するハムレット オカタケのお気軽ライフ』(春陽堂書店)岡崎武志・著
書評家・古本ライターの岡崎武志さん新作エッセイ! 古本屋めぐりや散歩、古い映画の鑑賞、ライターの仕事……さまざまな出来事を通じて感じた書評家・古本ライターのオカタケさんの日々がエッセイになりました。
本のサイズ:四六判/250ページ
発行日:2021/11/24
ISBN:978-4-394-90409-0
価格:1,980 円(税込)

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。