第八回 芥川比呂志 ②
 芥川さんには文学座以外の観劇のお誘いをいただいて、何度かお供をしたことがある。
「佐藤信が『阿部定』を主人公にした芝居を書いたから、行きませんか?」
 というお電話の時はさすがにたじろいでいると、
「いえね、僕は写真屋の役で出ないかと誘われたんだけど、体調に自信がなくて断った。でもそれを別の役者がどう演じるかを観るのはとても楽しいことだからね」
 ということで、ご一緒した。阿部定役は小川真由美さん。
 この公演中、新宿紀伊國屋ホールの造りは客席の上に四角い張り出し舞台ができていて、その板が薄いせいか役者が歩くたびにドタドタと音をたてる。芥川さんが小声で、
「猫のようには歩けないものかね」
 と呟くのが聞えておかしかった。
 また、対談の企画を立てて、私が司会・構成をした一つに、芥川さんと当時の市川染五郎、現・松本白鸚というのがあった。お二人はテレビドラマ『破戒』(島崎藤村原作)で、解放運動家の猪子蓮太郎と出自を隠す瀬川丑松を演じた仲で、その映像は当時ビデオテープが高値だったせいで残っていないと聞いて、とてもがっかりしたのを憶えている。
 対談は自然にシェイクスピア劇の話になり、芥川さんは自分もローレンス・オリヴィエのように年齢に合わせて上演計画を立てたい。『ハムレット』『マクベス』『オセロー』『リチャード三世』と演って、『リア王』とあの時言っておられたけれど、結局体力の問題のせいで『マクベス』からいきなり『リア王』に飛んでしまったことはさぞ残念だったに違いない。

 実現しなかった夢のようなプランで、今も時々残念に思うのは、芥川さんによる『侏儒の言葉』(芥川龍之介)の朗読。当時私が親しくしていたニッポン放送のディレクター、Nさんが乗り気になってくれて、ご入院中の慶応病院を二人で訪ねた。
 芥川さんがNさんの年齢をまず訊いて、
「そうか、三十までは違わないのか。ワン・ゼネレーションは三十歳だから、この人と僕は同世代なんですよ」
 と張り合ってみせた。
『侏儒の言葉』は一つのセクションが短いので、病院へ機材を持ってきて、調子のいい時に二つでも三つでも収録していきましょう、とNさんが言い、朗読をつなぐ音楽は芥川也寸志さんに作曲していただいて、そうすると芥川という名前が三つ並ぶ作品になるんだわ、と私が喜ぶと、芥川さんも
「いいね、あなたが選んで並べ変えて、構成してみてくれないかな」
 と言ってくださった。その頃私は放送作家という肩書も持っていたので。
 でも、その後すぐに芥川さんは体調を崩されて、この素敵な企画は儚く夢と消えたのだった。

 芥川さんが亡くなったあとで、お酒を飲むと人が変わったようになる話をずいぶん聞いた。
 芝居仲間と飲んでいて、だんだんその気配が出てくると、みんなで申し合わせてさっと別の店に移動する。するとまたどう察しをつけるのか、その店に青白い顔がぬっと出るのは魔術のようだったとか。
 最近、橋爪功さんから聞いた話によると、文学座の研究生当時、芥川さんの腰巾着と言われるほど敬慕していたが、酔うと相手の欠点をえぐり出して「完膚かんぷなきまでに」打ちのめすのだそうだ。それでも許しちゃうのはなぜなのかと私が訊くと、
「それは翌日の謝り方があんまり素敵だから。実に可愛い顔をして『昨夜はごめんなあ……』って(笑)」
 それで私は納得が行った。観劇のお供をしてあとで何度かご馳走にもなったけれど、決してお酒は注文なさらなかった。劇団の人にならすぐに謝って修復の折もあるが、私とは、ということだったのか。有難いご配慮だったと思う。

 私は今も文学座のアトリエ公演を観に行く時は、JRの信濃町駅から歩いて行っている。駅前の慶応病院によく入院していらした芥川さんが、気分のよい日には文学座まで散歩して、なつかしそうにアトリエ見上げていた、という話をどこかで聞いたので、芥川さんのことを思いながら同じ距離を歩いている。
 歩きながら、文学座で観た芥川さんの芝居のことをあれこれ思い出して、あの『お月様のジャン』(マルセル・アシャール)という芝居はよかったなぁ、芥川さんは気の弱い夫の役で、奥さんが寝てからでないと文句も言えない。あの時奥さんの弟役のクロクロという陽気な男を小池朝雄が演じていて面白かった。
 そうそう、慶応病院へ芥川さんのお見舞に行ったら小池さんが先客で、クロクロの話をしたらとても喜んでどこかまで彼の車で送ってくれたっけ。のちに声の出演の当り役、コロンボの乗るようなポンコツ車ではなかったけれど。
 そうしているうちに文学座に着いて、私の好きだった俳優はほとんどみんないなくなってしまったアトリエの建物を、昔芥川さんがしたように、じっと見上げてみたりする。


プロフィール
文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。