
岡崎 武志
第61回 ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』を読む
きっかけは映画からルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(講談社文庫)を買って読んだのはあることがきっかけになった。まず、その「きっかけ」から書く。
CS放送で録画したイギリスの映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』(2022年イギリス)をすぐに引き込まれて面白く見た。ポール・ギャリコの原作が、かつて講談社文庫から出ていた記憶があり、ああ、あれかと手が出た。
1950年代、ロンドン。戦争で夫を失った老嬢ミセス・ハリスは、家政婦として方々の家に出かけ、掃除、片づけをしてつましく暮らしている。毎日変わる派遣先へはバスを利用する。顔なじみのバス車掌と、いつも席を乗り合わせる同業女性はともに黒人。一人暮らしのハリスにとって、対等にくつろいで会話できる大切な時間だ。
というのも、ハリスを下に見、あごでこきつかう裕福な女性がいる。怠惰そのもので自分では何もせず、あれこれ言い訳してハリスへの賃金の支払いを滞らせる。「あのう、〇〇シリングの賃金がまだもらえない」と控えめに訴えるハリス(最後に爆発してタンカを切るのでお楽しみ)。この女性のクローゼットにティファニーの豪華なドレスを見つけ、これに魅せられてしまったハリスは、お金を貯めてパリへ乗り込むという話である。大切なのはこれからなのだが、今回必要となるのは、この家政婦という仕事だ。
映画を見た午後、自転車で私がもっともよくうろつく街「国立」へ。所用を済ませ、ドトールで休憩と思い、その前に「ブックオフ」へ立寄る。何か、ちょっとした読み物をと思い、220円以下の文庫棚を目でなでていると、パッと飛び込んできたのが『掃除婦のための手引き書』だった。このとき前知識はゼロ。『ミセス・ハリス』を見たところだったのでキャッチできた。普通ならスルーしていたかもしれない。本を読みたいというモチベーションを常日頃から持ち続けていれば、勝手に本の方から自分に近づいてくる。

カバー後ろの解説に「毎日バスに揺られて他人の家に通いながら、ひたすら死ぬことを思う掃除婦(「掃除婦のための手引き書」)とあり、これが「大反響を呼んだ初の邦訳短編集」だと知る。副題は「ルシア・ベルリン作品集」。カバーに写った女性は魅惑的な美女で、一瞬、この原作が映画化された時の女優のスチール写真かと思った。しかし、これが著者のルシア・ベルリン。なんと2004年に逝去していた。
訳者は名手・岸本佐知子、カバーデザインはクラフト・エヴィング商會となれば最強のチームだ。ぐんぐんと読書欲が増してくる。220円をクーポン利用の100円引きで買い(細かいねえ)、「ドトール」でアイスティーを注文してさっそく読み始めた。長短あるが全部で24編。まずは表題作を読む。それがあんまりいいので驚いた。
掃除婦は透明人間?
掃除婦のマギーは毎日バスに乗り、別々の家に通う。ミセス・ハリスと同じだ。100の家あれば100通りの家庭と人生が垣間見える。「家政婦は見た」だ。各家庭のありさま、バスの車窓から見える風景や社会、そして亡夫の思い出などがパズルのように組み合わさる。そんな書き方だ。しかも、「42番——ピードモント行き。」というふうにバスの路線ごとに語られるのだ。その書き出し。
「バスはジャック・ロンドン広場をめざしてのろのろ走る。乗客はメイドと老婆ばかり。隣に座った盲目のお婆さんは点字を読んでいる。ゆっくり、音をたてずに、指が一行一行をなぞっていく。横で見ていると心がおだやかになる。お婆さんは二十九丁目で降りていった。〈盲人工芸品販売所〉の看板の〝盲人〟以外の文字が全部なくなっている」
ここを読むだけで、著者を通して、あるくっきりと明確な世界観が描きこまれているとわかるだろう。しかも淡いユーモアもある(盲人のことを書いて「盲人」の文字だけが残る看板)。見えたものをすべてそのまま列挙しても世界観が形作られていくわけではない。作家の眼と卓越した言語能力こそが、読者を小説の世界へいざなうのだ。
これから「わたし」が向かうミセス・ジェセルは一人暮らしの老婆で「何でもかんでも忘れる」。「自分の病気まで忘れる」から始末に悪い。そこで家じゅうのあちこちに備忘のための紙切れが張られる。「朝10時 吐キ気(大)」はマントルピースの上、「げり」(流しの水切り台)、「めまひ ものわすれ」はガス台の上、というふうに。
ジェセルには弁護士の夫がいるが、「ゴルフをして、愛人がいる」。そのことを彼女は「知らないか、知っていても忘れている」。しかし「掃除婦は何でも知っている」。掃除婦という仕事が、単に他人の家にあがりこむだけでなく、家庭の事情や秘密までも見てしまう。つまり透明人間に近い。その特殊性、面白さ、意識せずとも触れる人生の皮肉をルシア・ベルリンは描き出す。その手腕は凡手ではない。
また「掃除婦が物を盗む」ことも。「わたし」はしない。そのため様々な物のありかを確かめる。あとで雇い主が、あれがないこれがないと言ったときに「寝室の枕の下ですよ、緑色の便器の裏ですよ」と指摘し、潔白を証明するために。面白いなあ。著者には掃除婦の経験がある。ただし、睡眠薬のみをときどき失敬して貯めこんでいる。理由、わかります? 「いつか入り用になったときの保険に」ということは、自殺願望があるということだ。ほのめかしではあるが、ここに人生の影が落ちる。
私小説、それとも?
「わたしの騎手」は緊急救命室の看護師、「最初のデトックス」はアルコール依存症治療の病院へ入院する教師が登場する。いずれも著者自身の経歴と重なる。カバー袖のプロフィールを見ると「3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、学校教師、掃除婦、電話交換手、看護助手などをして働く。いっぽうでアルコール依存症に苦しむ」とある。これらの経歴はすべて本書に生かされている。
日本では通常、こういう小説を私小説と呼ぶ。しかし、上林暁、木山捷平、尾崎一雄といった代表的な私小説作家とはかなり肌合いが違う。一つにはルシア・ベルリンはさまざまな職業を描くということがある。日本の彼らの場合、たいてい主人公は著者そのもので、断りがなくても小説家を職業としている。そう考えれば、小山清が炭鉱夫や新聞配達員を主人公にするのは異色だが、いずれも実体験に基づいている。
ルシア・ベルリンは多彩な職業から社会や個人を見つめるし、それを作品化することの意識が強く、語り口や手法も手が込んでいる。つまり自分も経験も素材でしかない。だから主人公を甘やかさず、いつもどこか突き放している。
アルコール依存症のすさまじさを描いた「どうにもならない」。
「深くて暗い魂の夜、酒屋もバーも閉まっている。彼女はマットレスの下に手を入れた。ウォッカの一パイント瓶は空だった。ベッドから出て、立ち上がる。体がひどく震えて、床にへたりこんだ。過呼吸が始まった。このまま酒を飲まなければ、譫妄が始まるか、でなければ心臓発作だ」
いきなり衝撃的な書き出しで重症ぶりをうかがわせる。対処法は酒を買って飲むだけ。しかしまだ夜中で、「あと二時間、六時になればオークランドのアップタウン酒屋がウォッカを売ってくれる」。そこは歩いて45分はかかり、「帰りは走らないと、子供たちが起きる時間に間に合わない」。小銭をかき集め、酒場へ向かうのだがこんな夜中に? 彼女が考えるのは「こんなとき、犬がいれば散歩に見せかけられるのに」。
酒場の開店を待つのは同病の男たちだ。歩くのもおぼつかない、見ただけで様子がおかしい彼女にみな優しい。順番をゆずって一番先にしてくれるのだ。弱者同士の方が互いに思いやり、助け合うものだとここで知る。どうにか帰宅した彼女はすぐさまジュースにウォッカをまぜて飲む。「アルコールの優しさが体のすみずみまでしみわたった」と、まるで科学者のように冷静に酒浸りの女を描く。精神的腑分けだ。
子供たち(シングルマザーであることをうかがわせる)を学校へ送り出したあとの2行がラスト。
「それから家を出て角の酒屋に向かった。もう今なら開いている」
呆れつつ、読む者にある種の爽快感さえ与える。なぜなら、すべてのことを過不足なく、達意の表現力で造形したことへの畏怖と賞賛があるからだ。
本国でも忘れかけていた作家を掘り出し、訳出した岸本佐知子は「訳者あとがき」で、「一読して打ちのめされた。なんなんだこれは、と思った。聞いたことのない声、心を直に揺さぶってくる強い声だった」と書いた。
「マカダム」はわずか15行の散文詩のような作品。タイトルは道路の舗装材の名。家の外の通りを囚人たちが舗装している。少女が祖母とレモネードを飲みながら見物している。工事の親方がマカダムを注入し、囚人たちが踏み固める。その時「マカダムはおおぜいの人が拍手するみたいな音をたてた」。マカダムという言葉を以来、少女と祖母、母ともによく口にした。そして「わたしもよく声に出して、マカダム、とこっそり言ってみた」という。ここまででも十分に印象深いが、ルシア・ベルリンの卓抜さは、つねに最後の数行にある。「マカダム」はこう締めくくられるのだ。
「なんだかお友だちの名前みたいな気がしたから」
私もまた、読後にこっそり言ってみた。「マカダム」と。あなたもきっとそうしますよ。
(写真は全て筆者撮影)
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┃この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
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