
ラジオから流れてくる知的で爽やかな歌声が心に響き、それが歌舞伎の若手花形市川染五郎(六代目)の「野バラ咲く路」と知ったのは、1967年のこと。二年前にはその染五郎と越路吹雪によるミュージカル『王様と私』を観て、すっかり魅了されてしまっていたのだが、こんな素敵な歌の作詞作曲まで手掛けるとは、とびっくりした。
それからは染五郎の追っかけとなって、井上靖原作『蒼き狼』の成吉思汗役や、『夜汽車の人』の石川啄木役に心を揺さぶられたりしたものだった。
でも、その染五郎改め九代目幸四郎さんの知遇を得るのはかなり後になってからで、まず私が声を掛けられたのは、その母君の藤間正子さんからだった。私はご指名によって『おもちゃの三味線』(初代白鸚夫人聞書き)のための取材で、正子さんに何回もお目にかかり、ある時貴重な資料となるご長男の「育児日記」を見せていただく僥倖に恵まれた。こういう記録は普通母親だけが書くものなのに、両親の寄せ書というのがいかにもその仲睦まじさを表わしていて微笑ましい。
「君の若い父は現在三十三歳だが、所謂歌舞伎俳優として若い女の人達に騒がれる花形でもなく、といって役者か弁護士かわからぬ程よくしゃべる新人でも無い。平凡な役者だ。性格は強情で偏屈だ。是は僕の一番悪いところか」
「病院から『男の子ですよ』と只一言の報だ。早速神様へ全部お燈火を上げた。ぼろぼろ涙が出た。母子の顔を見てほっとして君の母に『有難う』といったよ。父」
そして正子さん。
「大きな男の赤ちゃんですヨ、と言はれた時、今までのつらい死ぬ程の苦しみが一ぺんに飛んで行ってしまひました。しばらくしてあなたは真っ赤なお顔をしてお母様の横におねんねしたのヨ。母様は幸者ヨ。又あなたも幸ネ。コンナいい父様を持って。母」
正子さんが退院の日。母と子が築地の家に戻ると、玄関から奥のベビーベッドを置いた部屋までの道の両側には、人形やぬいぐるみや花たちが、置いてあったり吊ってあったり留めてあったりして、感激したという。
そして「命名」は昭曉。
「十八日目。お父ちゃまはうれしさうにお洋服もぬがず、かへっていらっしゃると昭曉と遊びます。母さんと遊んで下さらないでツマンナイナー。テルはイイナー ホゝゝ」
私がこの件りを読んでいたら
「やあね、まだ満で十九の小娘の書くことですものね。お恥ずかしいこと」
と、正子さんが笑った。
九代目を継いだ幸四郎さんに初めてお会いしたのは、正子さんのご紹介で歌舞伎座の楽屋へ伺った時。
「役者の家というのは、帰る時間もマチマチで、芝居の他はあまり団欒ということがないので、ここに出てくる母の言葉は初めて知ることばかりでした」
と挨拶されて、いつも賑やかな中村屋(十七代目勘三郎)の食卓と、ひっそり静かな高麗屋(初代白鸚)の家風の違いが見て取れた。
「父が亡くなる前の晩に、僕と弟の吉右衛門と妹の三人で父の足をさすっていたら、母がそれを見て、『よかったわね、みんないい子供たちで』って言ったんです。そしたら、父がいい顔で笑って『たいした親でもないのにね』って。その言い方が何とも言えず粋でした」
次の間から幸四郎夫人の紀子さんが静かに入ってにこやかに挨拶された。
『育児日記』の巻末に、正子さんの字で、
「これはあなたがお嫁さんをもらう時に、お父様とお母様のおくりものにしませう。どんな奥さんをもらうのかしら」
とあったけど、この人だったのだ……と思う。
紀子さんとはその後いろんな話をした中で、慶應大学受験のために福岡から上京して、発表を待つ間に母娘で『蒼き狼』を観劇。こんな素晴らしい芝居を観たのだからたとえ大学は落ちても本望と思った、というところで意気投合。
それからは、「指揮者の若杉弘さんのご要望で主人がグリークの『ペール・ギュント』の語りをしますから、大阪までいらっしゃらない?」と誘われたりして、二人並んだ席ですっかりファンの顔になって聴いたりした。
演劇雑誌『演劇界』の依頼で歌舞伎役者幸四郎さんについて書いたことがあった。あれは湾岸戦争のころなので、1990年頃。幸四郎さんはロンドンで単身『王様と私』(もちろん英語で)に出演していたので、紀子さんがすぐにその記事を送ったらしい。
幸四郎さんから航空便が届いて、こうあった。
「遠い異国の地で独り、舞台に立つ者にとって、これは有難い激励でした。持つべきものは〇でございます。P.S.〇の中は「子」ではございません。幸四郎」

文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。
日本を代表する役者、松本白鸚。
忙しい日々のなかで、何を感じ想ってきたのか——
句とエッセイ、直筆の書画を通して、役者の「余白の時間」を垣間見る。





















