岡崎 武志

第68回 古書目録を読む

『日本古書通信』終刊に思う
 月刊誌『日本古書通信』が今年いっぱいで終刊となることが、朝日新聞2025年10月4日付読書欄のコラムで取り上げられた。あらためて驚くのはその歴史。「1934(昭和9)年の創刊から91年間、通巻1157号だ」とある。これほど長く続いた雑誌はほかにあるか。あと9年続けば100年だった。
 このコラムでもう一つ驚いたのは代表する連載執筆陣に「斎藤昌三、柴田宵曲しょうきょく、森銑三せんぞうや青木正美、出久根達郎」と続き「岡崎武志ら各氏」と私の名前が出てきたことだ。なんと、なんと。一般的(朝ドラと大谷翔平ファン)には無名かもしれないが、いずれも古書業界では重鎮、著名な方々だ。ほかにも連載をされた著名人は多数いるが、そこに私を加えてもらったことがひどく晴れがましいし、うれしかった。
 私の連載の話はあとにして、これだけ長く続いた雑誌が終刊にいたった理由も、同コラムに触れてある。
「インターネットの普及で古書目録が激減し、古書をとりまく環境が変わり、定期購読者が最多時の5分の1になって終刊の判断に至ったという」
「古書目録が激減し」には、少し補足が必要かと思う。同誌の経営を支えたのは、もちろん定期購読者(一部、書店でも販売)もあるが、雑誌巻末の日本全国の古書店による目録の掲載料が大きかった。ちゃんと調べたわけではないが、最盛期は総ページの3分の1は埋まっていたのではないか。しかも地方の古書店にとっては、ここは檜舞台で望めばすぐ掲載されるわけではなく、順番待ちということもあった。それが「インターネット普及」で崩壊した。2025年6月号が手元にあって確認すると、全48ページ中、目録は5・5(コンマ5は半ページ)。うち3ページは「八木書店」と「日本古書通信社」だから自社広告に近い。秀峰堂、書肆ひねや、美の広場(半ページ)は、長い付き合いによる協賛の意味合いがあったのではないか。
 早く経営の危機は『古書通信』に訪れていたが、同種の『彷書月刊』休刊のあと、「古本屋と読者を結ぶ」孤塁である以上、そう簡単につぶすわけにはいかなかった。私の連載中にはまだ1000号に達していなかったが、編集長の樽見博さんは「1000号までは意地でも続けますよ」とおっしゃっていたのが印象に残っている。私のライフワークとなった古本屋探訪記は1999年に『彷書月刊』で始まり、同誌休刊により『古書通信』へ鞍替えして、2023年末で終了した。『古書通信』連載分は『昨日も今日も古本さんぽ2015-2022』(書肆盛林堂)で書籍化された。私の退場以降、2年も『古書通信』は続いていが、その休刊により、長い長い旅が終わったような気分だ。

南部古書会館「五反田遊古会」目録
 ただ、紙の古書目録が絶えたわけではなく、石神井書林、月の輪書林を始め、ユニークな目録作りによる販売はずっと続いている。インターネット世代の若い業界参入者の中でも「日月堂」「海ねこ」「風船舎」(書店名は簡略化した)など、定期的に目録を発行し注目されてきた。ほかに、東京都内にある古書会館での即売会用に、必ず紙の目録が顧客へ発送されている。インターネットでは求める本しか目にしないが、多種多様な本を凝縮する(テーマ別の例も)ことで「目録を読む」というスタイルが発生する。古書愛好家は、当然ながら紙の印刷物への依存度も高い。「目録を読む」ことを、この際、読書の範疇に入れたい。
「読む」行為の拡大解釈についてはネタがある。アンドレ・ケルテスに『オン・リーディング』という写真集があって、全編が本や新聞を読む人の写真で埋め尽くされている。過去にマガジンハウス、のち創元社が日本で書籍化。私はどちらも持っている。つい最近、古書即売会でKai Fusayoshi(甲斐扶佐義)の同名写真集(右写真)を発見。こんなものが出ていたのかと、もちろん買って中を開けると、カメラマンの著者(京都の伝説的喫茶「ほんやら洞」創始者でもある)が、京都の市中をあちこち歩き、スナップショットに収めている。アンドレ・ケルテスに倣って「読む」人たちの写真集なのだが、本や新聞以外にも映画の看板の前に立つ人や、人を見るネコ、影を踏む子どもも「読む」と定義しているのだ。人の心を「読む」なんてのもある。なるほど、「読む」にもいろいろあるものだと感心させられた。
 古書目録を読むことも立派な「オン・リーディング」ではないか。というわけで、私の元へも古書即売会の案内となる目録が届く。今回、取り上げるのは品川区東五反田にある「南部古書会館」の即売会が発行する「五反田遊古会」の目録(ほかに「五反田古書展」「本の散歩展」)。2025年11月14~15日の実施分。私は目録で注文することはほとんどしない。ただ、各店が出品した古書を眺めるだけでも十分楽しいのだ。そういう同好者は大勢いると思われる。

 36ページに出店するのは15軒。1店舗が4ページから2ページと割合は様々だが、いずれも文字で埋め尽くされている。書名、著者名、発行元、発行年、古書価以外にも「カバ帯、少傷、記名、シミ」など独特な用語が記載されているが、ここでは触れない。読ませる目録という点では巻頭の「月の輪書林」だろう。店売りをせず、大部な特集主義の目録と即売会など催事だけで運営している。

 私がチェックしたのは例えば「断食絶食実験譚 川村北溟 明35 三、〇〇〇円」。タイトルからして訴求力十分だが、ここにキャッチ―な解説をつけるところが月の輪流。1行分を費やし「37日を断食、絶食せる人物の精神状態 及び肉体上の動作を悉く網羅して描写す!」と刺激的な文字が躍る。
 川村北溟は河村とする例もあり、どう位置付けていいか、まあ不思議な明治人です。明治に一種の健康法として「断食」が流行したというのだが、これはそんな体験を取材した一冊。文庫には入らないだろうなあ。
 そのあと大泉黒石の著作が10冊並ぶ。最初が『草の味』(昭和18年)だが、集中の一編が「草を食ふ!」。あきらかに北溟の「断食」本と連続している。次の「婦人世界」は大正9年の刊。これに2000円をつけているのは、巻頭グラビアが「大泉黒石君一家 妻と子供2人」とあるが、当然ながら「子供2人」のうちの1人は、のちの怪優・大泉滉だろう。そんなふうに連想が連想を呼ぶのが目録読みの楽しさだ。

月の輪書林の凄味
 もう少し「月の輪書林」目録から。『輝かしき今日を築くまで』(昭和12年)にも線を引いた。3000円。「城西消費購買組合創立十周年記念出版」ということだが希少本だろう。月の輪解説によれば「組合の母胎は西郊共働社」とのことで、組合長は新居にいいたるだ。昭和の初めに杉並で無産者知識階級による消費組合が結成された。それが「西郊共働社」のようだ。活動についてはよくわからない。現在の「生協」の前身のようなものか。不明な点は残るが、ここで「西郊共働社」という知らなかったワードが脳に刻まれる。知の森のなかをさまようには好奇心が必要だろう。それがなければ、ただの文字の羅列にすぎない。
 月の輪解説が威力を発するのは、たとえば中岡艮一こんいち『鉄窓十三年』(昭和9年)3000円。「鉄窓」だから獄中と見当はつくが、中岡艮一の名は昭和史に精通した人しかピンとこないだろう。私もこの著者名と書名だけではおそらくスルー。だが、この人物が「山手線大塚駅の転轍手」で「原敬首相を刺殺した」とあれば、がぜんパワーが加わる。
 そのほか、18ページしかない、昭和27年の孔版(ガリ版刷り)『マヤコフスキー詩集』に30000円の高値がついているのは、これが小笠原豊樹訳だからにほかならない。のち岩田宏、翻訳家として小笠原豊樹と名乗る人物だ。マヤコフスキーはもちろん、プレベールやレイ・ブラッドベリの名訳で知られる。その男がまだ「ロシヤ学科四年」時代に、東京外国語大学反戦学生同盟支部からこの訳詩集を出していた。年譜にそんな1行の記載があるかどうか。
 そんなふうに、商品としての古書の記載から、さまざまな刺激を受ける。古書目録を読むことは、そういう意味で私にとってカロリー価の高い読書であるのだ。

(写真は全て筆者撮影)

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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。