第十六回 笈田ヨシ ②
 笈田さんが生涯の師と仰ぐ名演出家のピーター・ブルックが2022年7月に97歳で亡くなった。その少し前に東京で笈田さんに会った時、「いくつになっても自分より年上の師匠という存在があって、『ヨシ、それは違うよ』なんて言ってくれてるのは有難いことです」と言っていたのに、と思う。
 私がブルック演出の笈田さんの芝居を観たののは1988年の夏、銀座セゾン劇場で『マハーバーラタ』だった。古代インドの長大な叙事詩を戯曲化したもので、笈田さんの役は崇高な精神の持ち主である武将のドローナと、滑稽な悪役キッチャカだったが、私が衝撃を受けたのはドローナが血まみれになって死ぬ場面。
「あれはすぐれた演出でしたね。赤い果汁が入った大きな壺をドローナが両手でグーッと持ち上げて、頭からかぶる。この時もう魂は彼の身体から抜け出していて、それから首を斬られると静かに前に倒れる。処刑の場面にこんなシュールな演出を思いつくなんて、やっぱりかなわないな、と思いましたよ」
 笈田さんは演出の勉強をするためにピーター・ブルックの所に出かけて行ったわけだけれど、だんだんとその偉大さに圧倒されて行く。
「僕が台本を読んでた段階では、思いも及ばなかった演出のアイディアが随所にあって、参った、と思った。師匠というのはあんまり偉大だと、弟子は勇気を失いますね。いつか追い抜こう、と思えるくらいの師匠が丁度いいんでね」
 と笑う。たしかにそうなのかも知れない。

 笈田さんはパリの東側、バスティーユに近い所にずっと一人で暮している。
「ブルック先生も僕の家のすぐ近くです。西側は富裕層の住む場所で、ロンドンでも東はイーストエンドと言って庶民の街だし、ニューヨークでもグリニッジ・ヴィレッジとかの高級住宅街は西側にありますよね」と笈田さんは言う。そう言えば、東京も山の手地区は西側で、浅草とか本所深川の下町界隈は東側にある。
 ピーター・ブルックはロシアから亡命したユダヤ系の両親のもと、ロンドンで生まれたが、30代のころから活動の拠点をパリに置き、生涯をパリで過した。
「ロンドンは芝居が盛んなところだけど、ブルック先生みたいな前衛的な芸術にはあまりお金を出さない。でもフランスには新しい試みを援助しようとする感じがあるので、国際演劇研究センター(CIRT)というものをブルック先生がパリに置くことにしたんですね」
 パリが芸術の都と言われる由縁がよくわかった。ピカソもシャガールも藤田嗣治も、みんな異国の人。
「自国から離れることによって、創作のエネルギーが花開く。芭蕉さんも旅することで『奥の細道』という名作を生みだします。まあ僕も、日本の新劇村みたいなところを抜け出して、精神の自由を得たわけなんでね」

 笈田さんも今年九十二歳。異国での一人暮しで心細いことはないのだろうかと心配になる。
「行く手に死というものがあるからこそ、今、生きてることが素晴らしかったり、美しかったり、有難かったりする。だから死というものは否定するものじゃなくて、本当に有難いものだと思いますね。パリでずっと一人で暮らしていますから、もしも不治の病になったら、苦しまずに安楽死させてくれる、スイスの会員制の組織に入ってます。だから苦しみながらも死ねないという心配がないので、とても気持ちがらくになっておりますよ」

 笈田さんからいろいろ話を聞いた中で、時々思い出しては新たな感銘を覚えたりする話がある。それは観客が劇場に入る時と出る時では変ってなくちゃいけない、ということ。
 ある時、笈田さんは日本文化をテーマにしたワークショップを開くために、禅宗の名僧のお弟子様をゲストに迎えたいと思い、三島市のりゅうたくへと向う。笈田さんは老師に禅問答よろしく、いいように扱われて、結局交渉は不成立のまま山を降りるのだが、何だか心が洗われて自然に涙がこぼれたという。
「劇場を出る時のお客の心を誰が変えるのかと言えば、僕たち役者が変える。あの老師はすごい役者だと思いましたね。あんなウソ八百みたいなことを並べて、僕を感動させたりして。人間て、無意識のうちに、聞きたいことだけ聞いて、見たいとこだけ見るんですよ。だから役者が差し出すものから、心に残るところをお客も選び取って、役者もそれで一段上のレベルに行けたらいいな、と思って芝居しています」
 たしかに私は笈田さんの何年か前の言葉から聞きたいことだけを聞いて、心に留めていたと言える。
「芝居なんて、もともとたいしたものじゃないし、それより人間としてどう生きて行くかが重要で、お客さんといっとき人生をわかち合って、心の掃除をしてもらえればいいなと思っているんです」
 笈田さん、虹色の箒をたずさえて、パリから飛んで来てください‼


プロフィール
文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。