第十七回 風間完さん
 風間完画伯に初めてお会いした時、まるでプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』に出てくる絵描きのマルチェッロのようだ、と思ってすぐ好きになった。
 のちに腰掛け割烹の椅子に並んで掛けるようになると、ほっそり長い脚を包むスラックスの焦げ茶と黒とベージュの細かいチェックがとてもお洒落で、素敵な眺めだった。
 風間さんに会うその夜は、中野駅に程近い「ふく田」で、店主の福田義明さんと風間さんはゴルフ友達。店のあちこちに風間作品の美人画が掲げられていて、「あれ、店の勘定、先に物納・・してあるんだ」とのご説明だった。
 風間さんの描く女性は白い肌、涼しい眼、薄い唇の体温の低そうな美人だが、でも淋し気でもなければ不健全でもなく、静謐という表現がぴったりで、それは空や水をたっぷりと描く風景画にも共通して言えることだった。
 私の著書にはずいぶん風間さんの装画が多い。
 まずは『おもちゃの三味線』(1989年)初代松本白鸚(八代目松本幸四郎)夫人、藤間せいさんへの聞き書きで、梨園の少女を思わせる清潔な色気の漂う美人画が表紙を飾った。
 この本を読んだ二代目白鸚(九代目幸四郎)さんが、「役者の家というのは夕食なども帰る時間がバラバラで、一家団欒などというものがない。初めて聞く母の言葉だった」と言ってくださり、これを風間さんに伝えてふく田で乾杯となったりした。
 続いては産経新聞に連載した『役者は勘九郎』(93年)。これは狐忠信と静御前の『吉野山』道行の絵で、満開の桜が美しく描かれている。のちに文庫になった時は、新しく『鏡獅子』の前シテお小姓弥生を描いていただき、モデルの勘九郎(十八代目勘三郎)さんが「これ俺? 可愛いね」と喜んだ。
 次は『芸づくし忠臣蔵』(99年)。これは雑誌『演劇界』のグラビアで見た『仮名手本忠臣蔵』大序の、ゆっくりゆっくり開いていく厳かな幕あきの情景に心惹かれた私が、是非これで、と風間さんにお願いした。そして文庫になった時の表紙は、お軽勘平の道行。モデルは初々しかった新之助(十三代目團十郎)と菊之助(八代目菊五郎)だった。
 そして最後になった風間さんの装画は『歌右衛門合せ鏡』で、これも忠臣蔵七段目のお軽が、懐中の鏡をかざして密書を盗み読みする姿。モデルは当然艶やかなころの六代目歌右衛門。
 この原画を私の友人が買い求めていて、今でもその友人宅に行けば風間さんの気配を感じ取れるのが嬉しい。
 風間さんとの思い出の一場面にタウン誌「銀座百点」カラーグラビア「冬の鍋特集」に登場、というのがあった。何組かのご自慢鍋を披露する企画で、大抵はご夫妻か親子だったのに、風間さんのお相手だけが、「女友達」の私だった。撮影場所はやはりふく田の地階日本間で、ここにも別の物納された美人画が掲げられていた。風間さんの出品は「ミルク鍋」。コンソメと牛乳を半々に割って、上等な豚肉と三つ葉だけというシンプルなところがいかにも男の料理。
 風間さんは中年の頃、パリに滞在してののみの市を漁ったり、友人の野見山ぎょう画伯を部屋に招き、魚をさばいて刺身にしてみせたりしたという。
 野見山さんに「よくこんな料理の道具をいろいろ揃えられたもんだな」と驚かれて、「料理雑誌の挿し絵を長年描いていたからな」と答えて感心された、とか機嫌よく話されて、楽しい一夜の鍋だった。
 風間さんが「美人画、風景画で独自の境地に達した画集」に対して菊池寛賞に輝いたのは2002年11月のことだった。この賞は文藝春秋の賞なので、私の著書の多くが風間さんの装画であり、その総てが文藝春秋刊であることからか、会場で配られる冊子にお祝いの文章を依頼されたのは名誉なことだった。
 パーティー会場の風間さんはいつもの飄々ひょうひょうとした感じでワイングラスを傾けていたが、いつの間にか私の近くにいて、「風間家の墓を今度、僕がデザインして新しくしたんだ。僕が入ったら、あんたおがみに来てくれる?」
 思いがけないお頼みに、このおめでたい席で何故? と思って黙っていたら、「ね、頼まぁ」と、少年のような顔になってにっこりした。そう言えば風間さんは東京下町の八丁堀生まれ。私も本所吾妻橋の生まれ育ち、普段は威勢のいい男の子が、何か頼みごとのある時は急に神妙になったりするのを思い出して、おかしかった。今でも風間さんのことを思うと、この「頼まぁ」が耳に甦る。

 風間さんはこの翌年の暮れも押し詰まった12月27日、84歳で亡くなった。
 私は去年の約束を果たすために、ご子息のお一人に連絡して、中央線沿線にある霊園にお詣りに行った。墓碑にはセンスのいい風間完デザインの曲線がすっきりと彫りつけてあり、これを風間さんと並んで一緒に見たかった、としみじみ思うのだった。


プロフィール
文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。