第二十回 十五代目片岡仁左衛門さん ③
 仁左衛門さんが考えに考え抜いたいわば知的な芸の工夫が、まっすぐに観客の気持ちに届くのはなぜなのか、とふと思ったことがある。
 「その役になり切るにはどうするのかをいつも考えているんやね。そうすればお客様にちゃんと伝わると思う。芝居のうまい人は別になり切らんでもお客様の心をつかむことができるらしいけど、私にはそれができないから、お役によってはひどく疲れてしまう」
 たとえば『仮名手本忠臣蔵』「六段目」の勘平などは舅を殺してしまったと思い込む瞬間から無言でじっと堪えている間とかも、うまい人は苦しんでる心を形だけで観客に伝えられるらしい、というが、そうだろうか。でも松嶋屋の場合は、本当に苦しまないとその空気が作り出せないとか。だからその舞台は観客の心を強く打ち、自身は太る暇などさらさら無い。

 前名の孝夫から十五代目を襲名したのには一九九八年一月からのことだった。披露狂言は『助六』やら『吉田屋』の伊左衛門やらと花やかだったが、二月に『寺子屋』が出ると聞いて勘三郎(当時は勘九郎)さんはすぐにおどけ役の涎くりを買って出た。
 仁左衛門さんはびっくりして電話する。
「一日だけやないんやで。これ、二十五日間なんやで」
 歌舞伎では襲名とか追善とか興行があると、「ご馳走」と称して上位の役者が思いも寄らない小さな役に出たりする。それにしても中村屋の涎くりは誰もが驚く大御馳走で、寺子屋へ涎くりを迎えに来る親父役の二代目又五郎との花道での日替りアドリブの掛け合いは連日大うけだったらしい。本舞台でこれを聴く松王役の松嶋屋の幸せは想像に余りある。
 ところで私の大好きなお二人の共演は長谷川伸の『刺青奇偶いれずみちょうはん』で、松嶋屋の政五郎親分、中村屋の手取りの半太郎という配役。半太郎はある時身投げした酌婦のお仲(玉三郎)を助けて次第に心が通い合い、夫婦になるが女は病いに冒されて余命幾ばくもない。半太郎は自らの命を掛ける大勝負に出て、恋女房の最期を花やかに飾ってやろうとする。
 でもこの場は最後の大詰めの幕なので、松嶋屋はその登場までずいぶん長いこと楽屋で待たなくてはならない。当時私がそのことを口にすると、
「いや、好きな場面だからね。それにのりのためなら、ね」と笑っていた。
 中村屋が亡くなって、だいぶ時が経って再びその話が出た時に、松嶋屋はこう言った。
「映像が残ってるのを今観ると、本当に彼は素晴しい。名人と言ってよいと思う。まあ気に入らない役もあったけどな(笑)。しかしあの命を掛けた最後の大勝負の場面、二人が息を詰めてじっと見つめ合ってる時に、実際には言葉は交わさないんやけど、二人の間で無言の言葉が行き交って……。役の上では楽しめないけど、役者としては楽しかったなあ」
 中村屋が亡くなる年の最期は平成中村座で二人が共演したのは『伊賀越道中双六』の「沼津」と『傾城反魂香けいせいはんごんこう』「吃又どもまた」だった。「吃又」では勘三郎は珍しく女方で、松嶋屋の吃又の世話女房お徳を健気につとめ、その二年前の歌舞伎座開場さよなら公演では『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」で、やはり松嶋屋の武部源蔵女房戸浪をしっとりとつとめている。
 「彼は本来立役だけど、『吃又』のお徳なんか情があって、僕は好きだったね。彼が亡くなって、僕は『吃又』をやるのをやめました」
 男兄弟のいない中村屋は、仁左衛門さんをいつも「兄貴」と言って慕っていた。晩年、アリゾナにゴルフのための別荘を設け、そこに松嶋屋夫妻が来ると聞いて大喜び。何をして遊びたいかというのを書いた中に「気球に乗る」というのがあったので、松嶋屋はそれに〇をつけて返送する。
 「なんか、こわれかけたようなバスケットに乗って、フラフラ昇ってな。ふと見たら哲が青くなってた。彼、高所恐怖症だったんだな(笑)」
 仁左衛門さんの勘三郎さんへの弔辞の語り出しは、飛び切りすごい。
「哲ちゃん、僕は部分的に濃い友達は他にもいてくださいますが、全部濃い友達は哲ちゃん一人です」
 
 仁左衛門さんは今や名実共に歌舞伎界の第一人者となった。若手の立役ばかりでなく、脇の役者も厳しく指導している情景をテレビで見たが、「え?」と訊き返す台詞一つでも、仁左衛門さんが言うと、その人物の感情がありありと伝えられ、ドラマが生きる。
 八十路を越えた今も、永遠の二枚目役者で舞台姿に花がある。
 花のある役者って何だろう。品の良い色気とほんのりとした柔らか味ではないだろうか。
 同時代に生きられて本当によかった‼ と思わせる役者。それが松嶋屋、十五代目片岡仁左衛門さんだと私は思う。


プロフィール
文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。