第二十一回 吉田簔助さん ①
 文楽人形遣いの十三代目吉田簔助さんは艶やかで品のある女方の人形を遣って観る者を魅了した。
 一番弟子の桐竹勘十郎さんは、「うちの師匠が出てるだけで香気と光を放つように見える。ある時お客さまから、簔助師匠の遣ってる人形には特別にスポットライトを当ててるんですか?って訊かれたことがあります。そんなことは勿論なくて、そういうふうに見えてくる芸の力というか、品格と色気というか、すごいことやなあ、と思います」と言っている。
 私はまだ若かった簔助師匠の人形に魅了されて文楽にも通うようになった。その頃の簔助さんの派手な舞台は「人形と一緒に踊ってる」とか、「そんな表情豊かにするんやったら人形いらんでぇ」とか言われたらしい。でも私にはそれが面白くて、雑誌のインタビューの「好きな温泉は」とか「最近読んだ本は」とか、テーマを見つけては訊きに行った。簔助さんはいつも快く答えてくれて、大事な人形を間近に見せてくれたりした。
 私が一番感動した簔助さんの人形の役は、やはり「曽根崎心中」のお初だと思う。徳兵衛を遣うのは先代吉田玉男さんで、この方の舞台姿も爽やかな男の色気が漂い、当時の女性客の一番人気だった。
 勘十郎さんがまだ簔助師匠の足を遣っていたころの、そのお初の素晴らしさについて、いつか語ったことがある。
 「足遣いというのは、おも遣いの腰に腕をつけて、そのサインで足を動かします。それでいよいよ心中する段になって、お初が徳兵衛の頤に手を当てて、目をつむって拝むところ。足遣いの僕はお初の斜め後ろの、お客さんも、太夫、三味線も誰も見られない場所からお初を見上げられるんですけど、お初がこう、だんだんと半透明に見えてきて、何だかものすごく悲しくなってきて、それがものすごく綺麗で……自然に涙が出てきたんですよ」

 簔助さんは幼い頃から、父の二代目桐竹紋太郎に連れられて文楽座に通い、六歳の時に三代目吉田文五郎に入門、桐竹紋二郎を名乗るが、文五郎の死後は二代目桐竹紋十郎の門下となり、ここで二代目桐竹勘十郎の弟弟子になる。
 生涯を通して一番の愛弟子となる三代目勘十郎さんとの宿縁は、ここから生じた。勘十郎さんが言う。
 「私がこの世に生まれて、父よりも早く対面したのが当時十九歳の簔助師匠でした。舞台で手の離せない父に言われて、様子を見に産院に来てくれたんですけれど、未熟児用のガラス箱の中で湯たんぽの陰にいる小さい小さい私がなかなか見つからない。『お前、ほんまに小さかってんでぇ、自分で覚えてへんやろうけどな』って。当り前ですわ(笑)。『指なんかマッチ棒くらいやったんやで』って言われますけど、まさかね、中に骨もありますし」
 勘十郎さんが簔助師匠に入門するのは中学三年生の夏。人形遣いになりたい、と父勘十郎に申し出ると、即座に「それなら簔助のところに行け」と言われる。
 「当時、師匠は二十三歳。とんだ災難ですね。兄弟子のひ弱な息子を一人前に育て上げんといけないわけですから。でも、私の母からも熱心に頼み込まれて、仕方なく引き受けてくださったんやと思います」
 中学卒業と同時に正式に入門して、吉田簔太郎となり、簔助師匠の最初の弟子となる。
 「師匠はあんまり教えないタイプで、お前とは身体の作りが違う。筋肉のつき方も指の長さも違う。お前は自分の目と耳で盗んで、自分のものを作り上げていかなあかんのやで、と言われました」
 
 勘十郎さんが修行の厳しさを思い知らされるのは十七、八歳の頃。簔助師匠は兄弟子の息子だからと言って容赦はしなかった。
 当時の勘十郎さんにはバイクに熱中していた時期があって、楽屋でも移動中でも専門の雑誌を読み耽っていたころのこと。簔助師匠はまだほやほやの足遣いに突然「新口村にのくちむらの段」の梅川の左を持て、と命じる。
 「日頃、ちゃんと見て盗んでいるか、試されたんでしょうね。当然大失敗するんですが、そのことでは叱られなかった。でもそのあとのこと。楽屋にあったバイクの雑誌にぼんやり目を落していたら、そこに師匠が現れて、大勢の前で一喝されました。『お前、その本に左の遣い方が書いてあるんかあ‼』って。私の人生で、これほど強く胸に突き刺さった場面は他にありません。本当にあれは無神経だったと思います」
 勘十郎さんは、簔助師匠以外の師匠から「お前、神経あるんか? あるんやったら、使い」と言われたという。
 以来、勘十郎さんは今もって楽屋に文楽に関するもの以外の書籍はいっさい持ち込まないことに決めている。
 師匠の一喝の重みは、人間国宝になった現在の第一人者にも、まだ効力を発しているのだった。


プロフィール
文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。