
柄本さんの素顔を見たのは、新橋演舞場『浅草パラダイス』初演(平成十年)の楽屋だった。その時は二階突き当りの勘三郎さんの部屋と仕切りがないような造りになっていて、私が何度か勘三郎さんを訪ねる度に、部屋の片隅に正座して上眼遣いにこちらを見ていた。そのうち勘三郎さんが紹介してくれたが、特別、話をしたような憶えはない。
初めて言葉を交わしたのは、新宿花園神社境内のテント小屋前で、唐組の『黒手帖に頬紅を』(平成二十一年)を観に行った時。私は舞台美術家の朝倉摂さんと境内で待ち合わせていたのだが、先着の朝倉さんと柄本さんが立ち話をしていた。柄本さんは自転車のハンドルに手を掛けていて、六月の夕暮れの木陰に微風が渡り、いい風景だった。柄本さんにはこういう場所がよく似合う、と思った。
柄本さんは私を見憶えておいでにはなるまいと思って、お二人のお話のすむのを待っていたら、柄本さんが「こういうのも観るんですか」と声を掛けてくれた。そこで、私が周りの若者たちのようにやたら笑えないのは、年齢のせい? と訊いてみた。
「いや、それは違いますね。僕がこういう芝居を観て笑うのは、アナーキーな感じとか、何かがこわされていく感じが面白くて笑うのでね、若者の無意味な笑いとは違うと思いますよ。唐さんの芝居って、時々セリフが詩になってこっちに突き刺さってくることがあるんですよ。すると泣けちゃうんですね。出てくる人物とかが別によくわからなくても不意に泣けてくる。唐さんはある種の天才でしょうね」
私は「今どき芝居」とのつきあい方を教えてもらった気がして、柄本さんのそういう芝居も観てみようと思った。
柄本さんの一人芝居『タバコの害についてを新宿ゴールデン街劇場へ観に行った。これはチェーホフの一人芝居のパロディで、なるほど元の芝居がこわされていく感じ、アナーキーな感じの面白さとはこういうことかと納得した。でも、ボロ服にモジャモジャ頭の柄本教授が出てきて、タバコの害について飄々と演説するのだが、「ニコチン、この害は」と、「チン」と「こ」をわざと続けて言って笑いを取ったりして、割合いくだらないと思ったが、のちに柄本さんに聞くと、「くだらない、は柄本流の褒め言葉」なのだそうだ。
柄本さんはこの芝居を以前、モスクワ芸術座でも上演していて、私はその公演の様子をNHKテレビの「芸術劇場」で観たことがあった。チェーホフの原作通りだと二十分ほどで終わってしまうので、柄本さんがチェーホフの短編小説からいろいろ持ってきて、一時間十分ほどの芝居にしている。ロシア人の観客たちがとても面白がって観ていたようで、私はそれが嬉しかった。
難解な芝居にもっと深入りしてみたくなって、柄本さん主催の劇団東京乾電池所属の加藤一浩作『イリ―ニャの兄弟』を下北沢のシアター711へ観に行った。舞台には幕がなくて、二つの大きな段ボールの箱が置いてある。開演時間になると、片方の箱からポンと男が飛び出して来て、そこらに置いてある物をただ黙っていじったりする。もう一つの箱から「イリーニャ……」寝言のような声が聞こえ、先に出た男が箱に入ってしまうと、寝言の男がポンと飛び出して、意味不明の行動をする。何回かこれの繰返し。
芝居が終わって、笑いながら現れた柄本さんが、
「最初のイリーニャ、イリーニャの寝言で、もう帰ろうかと思った人は?」
と会場を見渡すと、眼が合ってしまったので思わず手を挙げ、最後まで何もわからなかったけれど、途中で何の脈絡もなくパーティーに出かけるみたいな派手な人たちが賑やかに通り抜けて、フェリーニの映画みたいに楽しくて、そのあとまた静かになって、寂しくなって空しくなって、と答えると、「それでいいの」と柄本さんがうなずいてくれた。
その昔、サラリーマン時代の柄本さんが早稲田小劇場の『「どん底」における民俗学的分析』という芝居をモンシェリという喫茶店の二階で観て「くだらない」と思いながら大笑いして、たとえば子供の頃から大好きだった中村錦之助には手が届きそうもないが、こういうアングラ演劇なら自分でも入っていけるかもと思った、という話が思い浮かんだ。私も歌舞伎座の客席なら絶対に手を上げないが、小さい711だから何とか答える気分になったのだろう。
その翌日、今度は柄本さんが岸田國士の二人芝居『命を弄ぶ男ふたり』に出演するというので、また下北沢まで出かけていった。
化学実験の失敗で顔中火傷を負った男が柄本さんで、白衣を着て顔に包帯をグルグル巻にしていた。もう一人の自殺願望の男と、踏切りでいざ飛び込むとなると順番をゆずり合う、というおかしな話。これは大正十四年に書かれた作品で、六代目尾上菊五郎と十四代目守田勘彌が演じているのを六代目の写真集で見たことがある。前時代の名優も、アングラ不条理劇らしき世界を、ちょっとのぞいてみたかったのだろう。
そして私をアングラの世界に導いてくれた先生は、他ならぬ柄本明さんなのだった。

文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。
![春陽堂書店|明治11年創業の出版社[江戸川乱歩・坂口安吾・種田山頭火など]](http://shunyodo.xsrv.jp/blog/wp-content/uploads/2018/04/shunyodo_logo_180325_CS4.jpg)
