
小日向さんの張り上げずに客席に届く、明快でいて自然な感じの台詞が好き。舞台俳優はなんといっても口跡がよくなくちゃと思う。
初めてお会いした時そう言うと、「でも、朗々と水の流れるようにしゃべるのは古くさいですよね。たとえ台詞が届かなくても伝わる演技ってありますからね」と返された。
これが私の小日向贔屓の理由、「説明しない演技」「押しつけない台詞術」なのだろう。
でも、小日向さんの声の良さは、「僧侶をしていた父から受け継いだものですかね」と照れながら認めてくれた。
私が小日向さんの舞台で強烈な印象を受けたのは、自由劇場の『クスコ・愛の叛乱』(斎藤憐、演出・串田和美)で、桓武帝の三人の息子アテノ・カミノ・イヨノの皇位争いの芝居だが、小日向さんは初演では皇太子の弟で阿呆を装っているカミノだった。芝居が進行してカミノが一人舞台になった時、突然「油断するなよ」とまともな声でボソッと言うと、客席からウワッ、と、声が上がった。これが、再演物の多い歌舞伎だと、たとえば大蔵卿の作り阿呆が突然本性を現わしても、ほとんど誰も驚かないので、私にとっては新鮮な観劇体験だった。
小日向さんにはその後インタヴューや対談に何度か登場していただいたが、ある時またその声の話になった。
「発声練習を僕はよくしてましたね。自由劇場時代、六本木のガラス店の地下の狭いところで、本当に自由に使えたから、延々とひとりで稽古してました。二十五歳ぐらいの時、劇場の向かいのゲイバーでバイトやってたけど、朝五時に終わるとまた劇場の鍵開けて、一人で発声練習」
やっぱり努力して獲ち取った口跡なのだった。そして、その人柄のよさについても、
「基本的に、けんかをしたら芝居ができなくなりますからね。自分のためにけんかをしないんですよ」
とのこと。
『ART』という芝居は、小日向さんと大泉洋、イッセー尾形の共演だったが、私と親しい尾形夫人の真知子さんによると、「小日向さんはみんなに好かれてる。嫌いと言う人は居ない」ということだ。
小日向さんはこの「私の出逢ったひと」をウェブでご覧になっていて、時々感想をラインでくださることがある。
仲代達矢さんの時、
「二〇〇七年大河ドラマ『風林火山』では仲代さん七十五歳で武田信玄の父・武田信虎、僕は二十一歳下で諏訪頼重。二人の周りに固形レールが敷かれ、カメラがゆっくりと動きワンカットで撮影。ほとんど仲代さんの長台詞で緊張感のある時間でした。長台詞がつまずくと、仲代さんが自分に『スミマセン』と仰って、もう畏れ多くて恐縮したのを憶えています」(二〇二五年九月四日)
これを仲代さんにラインで伝えると、
「すぐに思い出すほどNGで迷惑かけたの? 困ったなあ、すいません」
と、仲代さんにまた謝らせてしまったことを、小日向さんに伝えると、
「とんでもない、共演光栄でした」
と恐縮された。
仲代さんもこのウェブ連載を時々読んでくださっていて、九月二日に吉行和子さんが亡くなり、十月に私の追悼の文が載ると、感想の終りに、
「関さん、まだ元気でいましょうね!!!」
と、肩をすくめるようなラインが来た。
そのほとんど直後と言える十一月八日、仲代さんは急逝した。
もう一つの小日向さんの感想は、婦人公論「名優たちの転機」の宇崎竜童の回。
「自由劇場時代、シアターコクーンで一九九〇年『理由なき女殺油地獄』を上演した時、宇崎さんが音楽担当でした。
自分は一場で与兵衛、二場で太兵衛、三場でお次でした。ちなみに吉田日出子さんは一場と三場でお吉を演じ、二場で与兵衛を演じました。宇崎さん作曲のロック調の音楽を役者達が演奏、歌いました。自分はオープニングと一場のラストで与兵衛のソロを歌いました。今でも鮮明に覚えております。
稽古中に宇崎さんが一度いらっしゃって、その前で歌ったのですが、めちゃくちゃ緊張したのを覚えております。おかげで三十六年前の三十六歳だった自分が一瞬蘇りました」
とあって、「日出子さんの与兵衛⁉」と驚くと、「与兵衛、すごい迫力でした。お吉はもちろん素敵でしたが。殺し場の与兵衛は若い新人が演じ、最後は水溜りに倒れたお吉を乗せてステージごと立ち上がったところで、何人もの与兵衛がステージ下の水が溜まったアクリルの上を滑りながら我先に斜めに立ち上がったステージをお吉目指して這い上がって行く所で暗転でした。演出は黒テントの山元清多氏。串田さんは美術でした」
「若い情熱がほとばしる舞台。まさに青春を満喫なさいましたね」と返信すると、
「はい。シアターコクーンで六年間、贅沢な時間を過しました」
と返してくださった。
素敵な相手役に巡り会った時の女優みたいな気分になった。

文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。
![春陽堂書店|明治11年創業の出版社[江戸川乱歩・坂口安吾・種田山頭火など]](http://shunyodo.xsrv.jp/blog/wp-content/uploads/2018/04/shunyodo_logo_180325_CS4.jpg)
