第三十三回 岡本健一さん ②
 健一さんの素顔に初めて出逢ったのは、二〇一一年五月、新宿紀伊國屋ホールの『恋人』(ハロルド・ピンター)の終演後。東日本大震災被災地への支援のために、出演者の健一さんと中島朋子さんが募金箱を持って立っていた時だった。二人の手前には募金箱も設置してあるのだから、並びたくなければ早く済むのに、何故か私は健一さんのほうの列に並んで、千円入れて握手してもらった。
 この芝居を観た経緯は、ある日美術家の朝倉摂さんから「紀伊國屋観てよ」という電話があって、私、ピンターとかベケットとか苦手なんで、と言うと、「私の装置が面白いから観てよ、それに岡本君、いいよ~」とのこと。
 それで出掛けてみると、本当に芝居も装置も面白かった。朝、スーツ姿で勤めに出かける夫が、午後になるとラフな恰好で現れて二人で不倫ごっこを演じる。夜、スーツ姿で帰宅してもついつい昼間の口調が出たりして、この危険な遊戯も破綻に向う。その時のステージは傾斜した黒い八百屋舞台になっていて、この不穏な雰囲気を漂わす効果を上げていた。
 ところで、私の旧著に『花の脇役』『虹の脇役』というのがあって、これは歌舞伎の脇を務める三階さんへのインタビューによる評伝だが、その人たちの素顔にふれてからというもの、並び大名や並びの腰元の中にその人たちの顔を見つけると、俄然親身の応援がしたくなり、芝居が一段と面白くなるのが常だった。
 それで健一さんとの千円握手依頼『リチャード三世』にしても、『炎 アンサンディ』『岸 リトラル』それに『海辺のカフカ』にしても、健一さん中心の身内っぽい観方になって来て、別の感じで面白かった。
 
 健一さんが正月四日、ガランとした編集部の部屋でインタビューの続きを話し終えた時、「他に今、どんなことしてるの?」と訊いてくれたので、歌舞伎座三階の花篭ホールで月一回、ゲストを招いてトークを、と答える半ばでスマホを開くと、「五月のこの日なら僕出るよ」と申し出てくれた。
 そして五月に入ってすぐ、品川の教会ホールで開催されたライブに編集者と私が招かれて、健一さんが歌舞伎の獅子物のようにやたらと毛を振りながら歌い叫ぶのをぼんやり眺めて帰った。
 花篭トークの当日となる。いつもは歌舞伎役者のゲストが多いのだけれど、健一さんの出演とあって客席の様子がガラリと変り、中には遠方から飛行機で来たという女性も交えて、超満員のホールの中は熱気に溢れていた。
 ライブお招きのお礼からトークを始めて、でも、「虫ケラのように…‥」という歌詞しか私、わからなかった、と言うのが会場の岡本ファンたちをかなり喜ばせたようだった。
 健一さんとのトークはその後もおよそ半年ごとに二回実施され、まだこれから先の約束もある。
 そしてまた、健一さんが最初に興味を持った、アラン・ドロンと池部良ゆかりのスターを囲む「会食」のほうも実現した。
 まずはワジディ・ムワワドの『みんな鳥になって』を友人十何人かと世田谷パブリックシアターで観る。ムワワドの芝居は前に『炎 アンサンディ』『岸 リトラル』も観ていて、何だか暗く息苦しいのでそれほど心に響かなかったが、今度は頑なに息子の結婚を許さない健一さん扮するユダヤ教徒の父親ダビッドを中心に据えて観たので深い感銘が得られたように思う。
 さてその終演後。劇場近くの中華レストラン個室で友人たちと私が待ち構えていると、やがて熱演を終えたばかりの健一さんがライブの時の登場のように恰好よく姿を現わして、私たちは熱い拍手で迎え入れた。
 ここで思い出すのはもう何十年も前のこと。
 素敵なソプラノのグルベローヴァリサイタルに、若かった勘三郎さんを私の知人が招いてくれて、終演後に三人でサントリーホールすぐ近くのレストランにいると、そこにグルベローヴァとそのパートナーの若い指揮者ハイダーと招聘元の人たちが入って来て、いち早く気づいた客席からは熱い拍手が沸き起った。感激屋の勘三郎さんは、
 「いいなぁこういうの。歌舞伎座近くにもこんなレストランがあって、俺が汗拭き拭き入って行くとみんなが拍手してくれたりするの。いいけどなぁ」
 としきりに羨んでいたものだった。
 健一さんは終始機嫌よく私の友人たちの相手もしてくれて、明日も舞台があるからと先に席を立って帰って行った。帰りがけ、末席にいて会計係を務めていた若い二人に、ウォレットを取り出すと「いくら?」と訊ねたという。勿論二人はあわてて手を振ったが、あとですっかり前以上のファンになっていた。
 
 その後、劇団民藝公演、三越劇場の『グレイクリスマス』のあとも、新国立劇場の朗読劇『マクベス』のあとも、この楽しい会食会は開催された。
 芝居終ってすぐに、観た人のナマの感想が聞けて嬉しい、と喜んでくれるので、これまでどうしてこういう集まりをしなかったの? と訊ねると、ごく当たり前という調子で、
「関さんに会っていなかったからだと思います」
 多少のお役に立てて嬉しかった。

┃プロフィール
文/関 容子(せき・ようこ)
エッセイスト。東京都生まれ。日本女子大学文学部卒業。雑誌記者を経て、1981年『日本の鶯―—堀口大學聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。96年『花の脇役』で講談社エッセイ賞、2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞と芸術選奨文部大臣賞。著書に『歌右衛門合せ鏡』『勘三郎伝説』『海老蔵そして團十郎』『舞台の神に愛される男たち』『客席から見染めたひと』『銀座で逢ったひと』『名優が語る 演技と人生』などがある。「婦人公論」にて「名優たちの転機」を連載中。
絵/南 伸坊(みなみ・しんぼう)
イラストレーター・装丁デザイナー・エッセイスト。 一九四七年東京都生まれ。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校で木村恒久氏、赤瀬川原平氏に学ぶ。雑誌『ガロ』の編集長を経てフリー。 主な著書に『私のイラストレーション史』『ねこはい』『生きてく工夫』『あっという間』など。近著に『仙人の桃』『老後は上機嫌』(池田清彦と共著)『昭和的』(文・関川夏央 絵・南伸坊)。