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多賀新 新刊のご案内
「多賀新 作品集 鉛筆画の軌跡 1993〜2019」


自然への回帰『吾唯足知』。
エロマンス(造語)なるものへの探求心いまだ衰えず。
今日までの足跡の一部としてここに集約させていただきました。

「スフィンクス(土方巽に捧ぐ)」42×58cm 2000年

江戸川乱歩文庫のカバー装画でお馴染みの
銅版画家・多賀新の作品集が完成!

幻想的・猟奇的な世界が、大判のページ一面に展開します。
収録作品 250点余り


半世紀の生業

1965年春(18歳)上京する。漠然と絵を描きたいと、その日暮らしのバイトを続けながら美術学校を放浪する。20歳のとき、東京から九州を自転車で往復,野宿の旅をした。1か月半、目線の低いところから世間をみつめ、人生観が変わる。その時代(1960〜1970年)学生は今でいうテロリスト化していた。美術界ではアメリカンモダンアートが席巻し、その渦に傾倒、翻弄され挫折する。しかし、あこがれのニューヨーク行きを目指し、資金稼ぎのため職に就いたのが荻窪にあったOPチェーンのストリップ小屋「スター座」だった。看板描き、ピンク映画の映写係、ストリップ照明係。常番の住み込みの中、コンセプトから手仕事に頭を切り替え、銅版画の魅力に目覚める。いきなりエッチングプレス機を購入、楽屋にプレス機を置き踊り子たちに邪魔者扱いされ一年余り。画材屋の勧めで深沢幸雄著『銅版画のテクニック』をもとに独学。その後、ニューヨーク行きを諦め、生活の糧にきものの日本刺繍の柄の下絵描きを手伝い、直接銅板にニードルで自由気ままに制作。瑛九をはじめベルメール、デュ―ラーなどの模写と創造の合作で制作する。1974年初個展(シロタ画廊企画)、1975年ハンブルグ(西ドイツ)に遊学。ツッパリと貧しくも夢のような制作の日々。また、同時に鉛筆画も制作。銅版画の強く鋭い線と点。鉛筆画の柔軟な線とボカシ。白い紙に一本の線を入れることにより、付加価値的に変化する不可思議さをもとめて。

白いスペース(空間・余白)に見え隠れする魔物を駆使し、息を吹きかけエロスからタナトス、エロマンチシズム(造語)が芽生える。妖艶漂う馨りを感じさせる白から生まれる黒の世界、その黒がまた、白の余白に吸い込まれる。1999年(52歳)人生の転換期に遭遇する。それからは生かされて感謝の20年。前期とは違った表現モチーフになるが、本質的には同じテーマである。生きる探求心をどこまで表現していけるか模索と精進の日々に。

現在まで銅版画(EXLIBRISを含め)1000点以上。鉛筆画500余点ほど制作。ほか立体作品も多数。初期の銅版画作品は『江戸川乱歩文庫』全30巻(春陽堂書店)のカバー装画に採用される。ほか『多賀新全作品集 1971〜1983』(吐夢書房、1983年)、『多賀新 鉛筆画 銅板画 心の世界』(清風堂書店、2018年)。本著は上記に収録されていない鉛筆画(1993〜2019)を主に収録。


「瞳(ユニコーン)」18.2×27僉2000年
「シャンデリア」13×11.5僉1997年
「アルメニアの女」40×25僉1993年
「豊饒」24×36.5僉1981年 エッチング
「恍惚」39×23僉2014年
「古の夢」26×37僉2015年
「夢想」22.5×33.2僉2015年
「いざ出陣」48×35僉2018年
「一双」24×36.5僉1987年 エッチング

多賀新

1946年、北海道生まれ。
1965年に上京し、1972年には日本版画協会展に出品を果たす。以降、毎年作品を出品している。
国内外での個展開催や、出版物に作品が使われることも多い。
1973・1974年に版画グランプリ展、
1983年にセントラル版画大賞展に入賞。
1983~84年には、文化庁海外研修派遣員として米国と西独へ行く。
2000年にNHK「土曜美の朝」にて、「版画家・多賀新」が放送される。
2001年には、北海道立帯広美術館にて個展開催。
2005年、市川市民文化賞特別賞を受賞。

1987年に春陽堂書店刊行の「江戸川乱歩文庫」の表紙画に銅版画が使用された。
江戸川乱歩文庫は2015年にリニューアルの刊行開始、いまも刊行が続いている。


画集「鉛筆画の軌跡」出版記念

多賀新展画廊企画

■期間:2019年4月15日(月)〜27日(土)
    11:00−19:00 最終日16:30 日曜休廊
■場所:養清堂画廊
■住所:東京都中央区銀座5−5−15
■電話:03−3571−1312
■メール:info@yoseido.com
■URL:www.yoseido.com

「深遠なる」23×35僉2018年

多賀新による装画で大人気
「江戸川乱歩文庫」リニューアル版