本書の「安吾武者修業 馬庭念流訪問記」には、「私たちの少年時代には誰しも一度は立川文庫というものに読みふけったものである」「私は猿飛佐助が一番好きであった」とある。安吾の長兄献吉の回想文「三人兄弟」には「少年のころ、忍術の豆本を読み、猿飛佐助の真似をするのだと言って、いきなり壁にかけ上って、逆さまにひっくり返っては、また飛び上ったりしていたことを思い出す」とある。歴史への興味は少年時代に萌していたようだが、「風博士」などのファルスの作家として出発した安吾が、「イノチガケ」(『坂口安吾歴史小説コレクション1 狂人遺書』所収)で本格的に歴史小説に乗り出した背景には、疑いなく戦争があった。
 シドチ(ヨワン・シローテ)の殉教を中心に、キリシタンの殉教の数々を描いた「イノチガケ」は、昭和15年に安吾が三好達治の世話で小田原に転居した際、三好に勧められてシドチに関する文献を読んだことがきっかけで書かれた。安吾「篠笹の陰の顔」には「三好達治さんにすすめられて、シドチに関する文献を数冊読んだ。それからキリシタンの本ばかり読む」「面白くて堪らないのである」とある。シドチやキリシタンたちの殉教の数々にこれだけ強く興味をひきつけられたのは、満州事変をきっかけに共産主義への弾圧が激化し、日中戦争をきっかけに自由主義や民主主義にも弾圧が広げられていったという、戦時下の思想や言論をめぐる環境の悪化が背景にあったからである。
 安吾も一人の表現者として、「思想を、仕事を、信仰を、命を棄ててもと自負する人は無限にゐる。然し、そのうちの幾人が、死に直面して、死をもつて強要されて、尚その信念を棄てなかつたか」(「死と鼻唄」)と問い、自らは「死をもつて信念を貫く」(同)ことができるのかと問わざるを得なかったのだろう。
 未完に終わった「島原の乱」も、戦時下の状況を強く意識しつつ書かれていたことは、「世に出るまで」に「日本が外国と戦争中なら意味がある」が「書き終わらぬうち戦争が終ったので、この小説は書かないことにした」とあることにも端的に示されている。太平洋戦争が始まり、戦争による犠牲者が増大していくにつれて、安吾のキリシタン殉教への関心は、「死をもつて信念を貫く」「崇高な姿」への感動というところから、「当時教会の指導者達」の「恰も刑死を奨励するかのやうな驚くべきヒステリイ」への「大いなる怒り」(「青春論」)というところへと、その力点を移していった。そこに重ねられているのは、疑いなく、あたかも戦死を奨励するかのような同時代の戦争指導者達への「大いなる怒り」であっただろう。
 同じ時期、「空襲のころ」に「書いた」(「世に出るまで」)という「二流の人」(『坂口安吾歴史小説コレクション1』所収)も、朝鮮遠征を秀吉の「もうろく」の果ての愚行として批判的に描き、晩年の秀吉を「子供の愛に盲ひた疑り深い執念の老爺」とする一方で、関ヶ原の戦いによって天下に平和をもたらすことになる家康を「稀有なる天才の一人」として肯定的に描いているところをみれば、大戦下の状況を強く意識しながら書かれたことは明らかだ。
 戦争が終わり、安吾の歴史小説からも徐々に戦争の影が薄らいでいくが、戦後本格的に取り組むこととなる古代史ものなどは、戦時下に猛威を振るった皇国史観への批判が、その重要な成因となっている。
 本シリーズは「歴史小説コレクション」なので、古代史ものの多くはエッセイと見て収録されていないようだが、その片鱗は本書の「道鏡童子」「柿本人麿」に窺える。これらに興味を覚えるような古代史好きは、ぜひ「安吾新日本地理」などを読み進めてほしい。アンソロジーとしては鈴木武樹編『安吾の古代史探偵』(講談社)や、古代史に限らず安吾の歴史ものを集めた川村湊編『安吾日本史』(東洋書房)などがあり、いずれも編者の力のこもった解説が付されている。
 私は安吾の古代史ものとしては「飛彈・高山の抹殺」や「飛彈の顔」などの飛騨ものにひかれるが、それはその系列の結晶として「夜長姫と耳男」という安吾短篇小説中の神品があるからである。
 読書案内ついでに記しておくと、安吾は日本のキリシタンの中でも特に金鍔次兵衛に大きな魅力を感じていたが、本書の「わが血を追う人々」ではその「悪魔」のような側面しか描けていない。次兵衛の「なつかしい一匹のカモシカ神父」としての側面を生き生きと描き出した「長崎チャンポン」(「安吾新日本地理」)をあわせ読まれることをすすめたい。また「馬庭念流訪問記」に見られるように、安吾は馬庭念流という剣術に関心を抱いていたが、そこから派生した小説として本書の「花咲ける石」の他、2月から本シリーズに続けて刊行される『坂口安吾エンタメコレクション 伝奇篇』に掲載される「女剣士」がある。「女剣士」は、安吾文学を代表する抱腹絶倒のファルスとして、ぜひ一読をすすめたい。
 ともあれ、本書はじめ本コレクションが多くの読者に恵まれ、それをきっかけに安吾文学が新たな多くの読者を得ることを望んで止まない。

この記事を書いた人
藤原 耕作(ふじわら こうさく)
兵庫県生まれ。神戸大学文学部卒業、同大学院文学研究科修了、同大学院文化学研究科単位取得退学。現在、大分大学教育学部教授。専門は日本近代文学。論文に「坂口安吾「女剣士」論」(2006年『解釈と鑑賞』第71巻第11号)、「坂口安吾「花咲ける石」論」(2007年『国語の研究』第33号)、「坂口安吾「イノチガケ」論」(2013年『国語と国文学』第90巻第10号)などがある。