今日、もっとも人気のある戦国武将の一人として名前が挙がるのは、織田信長(おだのぶなが 1534~1582)でしょう。しかし、信長人気は恐らくは大正時代に入ってからのことです。国定教科書で偉人として紹介されたことや、徳富蘇峰(とくとみそほう)『近世日本国民史 織田氏時代』(民友社)が刊行されたことなどがきっかけとなったと考えられます。昭和に入ってから信長は戦争に強い戦国武将として、軍国主義に利用される形で小説が作られたりしました。戦後になってようやく本格的な信長小説が現われるようになったのです。そのひとつが坂口安吾の『信長』でした。
 坂口安吾は多くの文献を読み込んで『信長』を執筆しています。まず指摘すべきは太田牛一(おおたぎゅういち)『信長公記』です。作中に「昔の記録に「猿つかいのように火うち袋ヒョウタン七ツ八ツつけ」と書かれている」とある箇所が該当します。次に、「速力」にこだわった点については、小瀬甫庵(おぜ・ほあん)『信長記』を踏まえています。さらに、桶狭間の合戦で梁田出羽守政綱(やなだでわのかみまさつな)が重責を担った点については、徳富蘇峰『近世日本国民史 織田氏時代』(前掲)に依拠しています。その他、いろいろな文献に依拠していると思われますが、詳しくは拙著『坂口安吾 歴史を探偵すること』(双文社出版 2013年)所収の「「信長」論」もご参照ください。
 『信長』は十五歳の信長から始まり、桶狭間の合戦の勝利までを描いています。敵も味方も信長を「大バカ」と思っていますが、信長の考え方があまりに独創的すぎて、誰もはじめは理解することができません。信長の独創性はとくに兵法に見出すことができるでしょう。敵よりも長い槍、三段構えの鉄砲戦術、敵を出し抜く間者(かんじゃ)、最大の速力である馬など、信長の兵法は徹底的に「速力」にこだわっています。相手よりも素早く行動することが勝利への近道だと考えている人物として、安吾は信長の造型を行ったのです。
 「大バカ」という評価が近隣に響いているなかで、はじめに信長の才能を見出したのが那古野弥五郎(なごのやごろう)でした。遊びのなかで大事を持ち出す信長について、「大タワケ」に見えるだけで「大器」であることを感じるのです。斎藤道三(さいとうどうざん)もまた信長の才能を見抜き、信長に味方する人物として描かれています。道三が考案した長槍戦法や鉄砲戦法を信長が参考にしていることを知り、「バカ」ではないことを見抜くのです。その他、梁田出羽守政綱、佐久間大学(さくまだいがく)、佐久間右衛門(さくまうえもん)、柴田権六(しばたごんろく)など、次々に信長に魅了されていきます。
 『信長』のクライマックスは桶狭間の合戦です。山口左馬助(やまぐちさますけ)、戸部新左衛門(とべしんざえもん)の偽筆を根阿弥一斎(ねあみいっさい)が作り彼らを滅ぼしたこと、梁田出羽守政綱が沓掛から桶狭間の道に味方の情報網をはりめぐらし敵の蝶者を締め出す任務についたことなど、桶狭間の合戦にはとても個性的な人々が登場します。とことん「合理的」に勝つための戦術を張り巡らす信長ですが、突き詰めた先にあるのは「運命」です。「運命」に身を委ね、イノチガケのバクチを張ること。そのことに活路を見出すのです。
 その他の魅力として、文体を挙げることができるでしょう。語り手は、信長をはじめ、多くの登場人物たちの心中に自在に入り込んでいき、その口調はとてもくだけています。登場人物の心理を語ったり、出来事についての評価を語ったりします。カタカナ語を多用するところも特徴的です。このように、作品の世界に入り込みやすくする仕掛けが随所に施されているといっていいでしょう。
 最後に、この作品は『織田信長 天下を取ったバカ』というタイトルでテレビドラマ化されました。1998年3月25日にTBSが放映、井上由美子脚本、木村拓哉(=織田信長)、中谷美紀(=濃姫)、西田敏行(=斎藤道三)などがキャストを務めました。原作とテレビドラマの共通点・相違点を見出すことができるでしょう。本書をお読みなられた方は、メディア・ミックスも楽しんでみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人
原卓史(はらたかし)
1970年、大阪府生まれ。高知大学人文学部文学科国文学専修卒業。中央大学大学院文学研究科国文学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。現在、尾道市立大学芸術文化学部日本文学科准教授。専門領域は日本近現代文学。坂口安吾研究、歴史・時代小説研究、カストリ雑誌研究などを中心に研究している。。