写真家 武本 花奈
「はなちゃん、オレ、もう、指がだめだ。携帯使えない」
メールをくれた相手は、藤元健二さん。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんです。ALSは運動神経が選択的に阻害されていく難病。病気の進行に伴い、指が動かなくなったことが、そこには書いてありました。
短いメールほど、返事に困るものはありません。もしかしたら、ただの報告のメールなのかもしれないけれど、何と答えたらいいのか……。キーボードの上で長い間、私の指は止まったままでした。
これは、そんなことを次々目撃する、初めのメール。藤元さんを通し、ALSという病気について知り、今まで34人の患者さんに取材を続けています。でも、このときはまだ1人の取材対象者が34人になるとは、予想だにしていませんでした。
2013年。私は目の不調を感じ、検査を受けところ、脳に腫瘍が見つかりました。
今、ものすごく淡泊に書きましたが、けっこう大変なことですよね。あまりに大変だと、人ごとみたいに感じるのが人間なのかもしれません。
ちょうどその頃は、仕事、家族の介護、育児など、フル回転で動いていたとき。大病などしたこともなかったし、意識は常に外で、自分は元気だと疑っていませんでした。
突然のことで、少々思考停止。次に出てきたのは、「私、死ぬのかな?」という声にするのも怖い疑問でした。
そして、ようやく私は自分のことに目を向け、脳や神経の病気について本を読み出しました。そこでALSという病名を見つけたのです。
ほんの一瞬触れただけの病気の名前を忘れなかったのは、私の人生で約束されたアラームだったのかも、と思います。再び、その名前を本屋で発見したのは、わずか1週間後。吸い寄せられるように自然と平積みになったその本に手を伸ばし、読むことにしました。ALS患者の藤田正浩(ヒロ)さんが書いた「99%ありがとう」(ポプラ社)、ALSの闘病記でした。
ALSは神経難病のひとつです。末端から身体が動かなくなる。歩けなくなるだけではなく、喋ること、食べること、呼吸、次々と出来なくなっていきます。意思表示も困難になっていくけれど、意識ははっきりしている。その本からは、日に日に出来ないことが増えて行くヒロさんの葛藤、戸惑いなどがリアルに伝わってきました。
そして本当にびっくりしたのは、本を読んだ2週間後、私のSNSに届いた1通のメールです。「私はあなたの写真が好きです。いつか本を出したいので、私の写真を撮っていてくれませんか?」その人のSNSを覗いてみると、差出人は最初に書いたALS患者の藤元健二さん。全く知らないALSという難病が、一気に身近なものになっていきました。
本を作るための交流が始まると、ヒロさんの本を読んでいたという共通点もあり、藤元さんと私はすぐに仲良くなりました。彼の住む静岡まで行ったり、東京のイベントなどに彼が出向くときは同行し、体調を見ながら少しずつ撮影をしました。
最初出逢ったとき、彼はまだ車いすに座ったばかりで、自分で立つことも少しは出来たのですが、だんだんと歩けなくなり、指が動かなくなってパソコンの視線入力装置を使うようになり、食事をとれなくなり、呼吸器を付けて声を失って行きました。取材を通じて見ていると、辛いことが多いだろうと思う中、不思議とそんな不自由になっていく自分を楽しんでいるようにも見えるのが藤元さんでした。
例えば、だめだと言われているのに大好物のカレーパンを食べたり、ラジオに出演したり、入院先にたくさんの人を呼んだり、もしかして今楽しんでる?と感じたのも確かです。本の出版も決まり、さあこれから!
そんなある日のこと、胃がんが見つかり、あっという間に亡くなってしまいました。出版が叶ったわずか1週間後のことでした。
彼が亡くなったとき、毎日来ていたメールがぷつんと途切れたのに、不思議と淋しさよりも感謝が私の胸にありました。彼が生きている様子を丸ごと見せてくれたのが、私へのギフトだったのだと感じたのです。家族を愛し、出来ないことと格闘し、苦しい中でも笑いを見いだし、全力で生きてきた。誰も行ったことのない場所への大冒険に、私は付き合わせていただいたのだと気づきました。
ならば、もう少し他のALS患者さんの取材も続けて行きたい。
そんな気持ちが、自然と、そしてはっきりと湧いてきたのは、同じALS患者である岡部宏生さんが、葬儀の祭壇でじっと藤元さんの遺影を見つめる横顔を見ていたときのことでした。
『これからも生きていく THIS IS ALS―難病ALS患者からのメッセージ』(春陽堂書店)武本花奈(文・写真)
難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、全国に1万人の患者がいると言われている後天性の難病。
喋れない彼らは何を考え見つめているのか、一人の写真家が、視線入力装置などを用いたインタビューと、写真で、彼らの心を取材した。 どんな時も、人生の主役は自分だと感じることができる1冊。
難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、全国に1万人の患者がいると言われている後天性の難病。
喋れない彼らは何を考え見つめているのか、一人の写真家が、視線入力装置などを用いたインタビューと、写真で、彼らの心を取材した。 どんな時も、人生の主役は自分だと感じることができる1冊。
┃この記事を書いた人
武本 花奈(たけもと・はな)
1973年、埼玉県生まれ。写真家・ライター。聖学院大学政治経済学部卒業。都内コマーシャルスタジオに勤務後、独立。主にコマーシャル・書籍カバーなどの撮影を手がける中、2014年よりALS(筋萎縮性側索硬化症)の取材を始める。
撮影参加ALS関連書籍に「閉じ込められた僕」藤元健二著(中央公論新社)がある。
武本 花奈(たけもと・はな)
1973年、埼玉県生まれ。写真家・ライター。聖学院大学政治経済学部卒業。都内コマーシャルスタジオに勤務後、独立。主にコマーシャル・書籍カバーなどの撮影を手がける中、2014年よりALS(筋萎縮性側索硬化症)の取材を始める。
撮影参加ALS関連書籍に「閉じ込められた僕」藤元健二著(中央公論新社)がある。