写真家  武本 花奈

決心。2度目のスタートは自分から。
最初に取材をしたALS患者、藤元健二さんが亡くなり、その葬儀でのこと。
祭壇には、職場で元気に働くエプロン姿の彼が、腕を組んで笑っていました。
晴れやかな笑顔を見ても、私の胸には、ぽっかりと穴が開いていました。
これからどうしよう──。
考えていると、別の患者さんが祭壇の前にいることに気づいたのです。
岡部宏生ひろきさん。当時の日本ALS協会の会長で、藤元さんが大変尊敬していた方でした。
ヘルパーさんたちと泊まりがけで、東京から葬儀に参加していた岡部さんは、病の進行により殆ど動けないため車いすに寝ています。トレードマークの中折れ帽を目深にかぶり、藤元さんの遺影に話しかけているようでした。私には、その瞳が光っているように見えました。
泣いていらっしゃるのかな。同じ病気の当事者として、藤元さんを見送る岡部さんはどんなお気持ちでいらっしゃるのか、話してみたくなっていました。

介助者に指示をする岡部さん。外出時は口文字という方法で会話をする。

話したいと思ってみたものの、岡部さんに会いに行こうとして気づいたことがあります。藤元さんとは、よく話をしました。でも呼吸器をつけてる岡部さんの声は聞いたことがありません。東京のマンションでひとり暮らし。ご自身で事業所を立ち上げ、ヘルパーさんたちと24時間他人介護を実現し暮らしている──何度かお会いしたことがあっても、知っているのはそれだけだったのです。
岡部さんとの会話は、ヘルパーさんが透明文字盤を使って、岡部さんの視線を追いかけ言葉を拾い読み上げてくださいます。私の質問によどみなく一文字ずつ目で答えてくださるその姿に、私はとても感動しました。目で会話する様子が、まるで魔法のようでした。
そしてその会話で、やっと岡部さんはどんな人なのか、少しだけ知ることができたと思いました。
この経験で、大切なことに気づいたのです。声を失うということは、声を出すことが出来ないということだけではなく、「優しい声」とか「楽しそうな声」というような、その人の感情やパーソナリティも見えなくさせてしまうのだと。
その気づきが2つ目のスイッチ。私のエンジンは再び作動し、とにかく自分にできること、写真展を企画することに決めたのです。
その後、取材を受けてくれる患者さんを探して会いに行き改めて撮影を開始。患者さんの殆どは、呼吸器をつけて声を失っていたり、口周りの筋肉が動かなくなっていたので、岡部さんと同じように透明文字盤やパソコンの視線入力装置を使って、撮影しながら会話を続けてくれました。
誰もが個性的で「そうか、そんなことを考えていたんだね」という発見の連続。続ければ続けるほど、この彼らの大切な声を届けていきたいという気持ちが強くなったのです。
やがて写真に彼らの言葉を添えて、「THIS IS ALS ~難病ALS患者からのメッセージ~」と題した写真展を2018年からスタート。誰も知らないALS患者の声を届ける写真展は反響を呼び、マスコミからたくさんの取材を受け、現在までに全国で7回開催しています(2020年1月現在)。
そして、この度、これらの作品に新作を加え、写真集として出版できることになりました。
『これからも生きていく THIS IS ALS―難病ALS患者からのメッセージ』です。

制作会議中。写真と言葉の候補をテーブルに並べ、ページを作りあげていく。
新作を含めた作品の他に、故・藤元健二さんのご家族との会話なども掲載。

難病を抱えて生きていくこと、呼吸器をつけることは大変なことですが、今私は、一生懸命に生きている彼らが、「これからも生きていく」そう言える社会になったらいいなと思っています。何物も排除しないインクルーシブな社会の方が、私たちにとっても暮らしやすい社会だと思うからです。
難病患者であっても、なくても、私たちはひとりでは決して幸せになれないからです。
彼らの言葉には、私たちが普段見過ごしがちな大切な言葉がたくさんありました。それを皆さんに感じて欲しいと思っています。
私の活動が、彼らの理解者や助け手を増やし、治療法が見つかる未来へつながることを祈りながら、これからも元気に、彼らに会いに行こうと思っています。
<終>
『これからも生きていく THIS IS ALS―難病ALS患者からのメッセージ』(春陽堂書店)武本花奈(文・写真)
難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、全国に1万人の患者がいると言われている後天性の難病。
喋れない彼らは何を考え見つめているのか、一人の写真家が、視線入力装置などを用いたインタビューと、写真で、彼らの心を取材した。 どんな時も、人生の主役は自分だと感じることができる1冊。


この記事を書いた人
武本 花奈(たけもと・はな)
1973年、埼玉県生まれ。写真家・ライター。聖学院大学政治経済学部卒業。都内コマーシャルスタジオに勤務後、独立。主にコマーシャル・書籍カバーなどの撮影を手がける中、2014年よりALS(筋萎縮性側索硬化症)の取材を始める。
撮影参加ALS関連書籍に「閉じ込められた僕」藤元健二著(中央公論新社)がある。