写真家  武本 花奈

見えない思いを伝えたい──。
難病ALS患者と出会い、取材を重ねていくなかで、動かなくなっていく身体の中に閉じ込められている人々の声を知った写真家の武本花奈。
その言葉は、こうしたかったという後悔の言葉ではなく、生きていく!というメッセージだった。計3回にわたりALSを知ったきっかけから、取材活動を重ねる中での出会いやご縁を紹介します。

ALSを知っていますか?
はじめまして。写真家の武本花奈と申します。
2014年から現在までALS患者の取材を続けています。最初に出逢った患者さんは、藤元健二さんといいました。彼の手記の出版にカメラマンとして参加し、その頃からたくさんのALS患者さんを撮影してきました。現在は、撮影した写真に、会話が難しくなった患者さんから聞いた貴重な言葉を添え、「THIS IS ALS~難病ALS患者からのメッセージ~」というタイトルで、全国各地にて写真展を開催しています。
ALSとは、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)という難病のことです。先日、日本初ALS患者の国会議員が誕生しました。そのこともあり、名前を聞いたことがある方も多いかもしれません。

ALSとはどんな病気なのか
難病情報センターのホームページには、このように書かれています。
「筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気です。しかし、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害を受けます。その結果、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉が痩せていきます。その一方で、体の感覚、視力や聴力、内蔵機能などはすべて保たれることが普通です」(難病情報センターホームページより)
ALSは後天性の難病です。発症年齢は様々ですが、全国に約1万人の患者がいます。病が見つかった約150年前から、抜本的な治療法はまだ確立されていません。発症から数年で、呼吸が難しくなると気管を切開し、呼吸器を付けるかどうかの選択に迫られます。日本では、呼吸器をいったんつけると法律で外すことは禁じられていますので、先行きが見えない不安な状況から、呼吸器を付けない選択をする患者さんが過半数を超えているのが現状です。
ちょっと想像してみて欲しいのです。
ある日、手や足のどこかが不自由になった。箸が持ちづらい、よくつまづく。異変に気づいて病院に行くと、「疲れているのでは?おかしいところは特にないですよ」と言われ、はっきりとした原因は分からなかった。でも、症状は治まらず、不自由な範囲が広がっているように感じる。いろいろな民間療法、マッサージなどを試してもよくならないので、別の病院を受診してみる。やはり病気と診断されるところまでは至らない。これといった原因も思い当たらない。ただ、気のせいではなく、動かない範囲が確実に拡がっている……。
とても不安な状況だと思いませんか?実際、患者さんの中には、「診断を受けるまでが一番、気持ち的に辛かった」とおっしゃる方もいます。ALSは誰でもなる病気といわれており、ある日、突然こんな風にして、この病気を見つける方が多いのです。そして、さまざまな検査を何度もくり返し、消去法的にALSと診断される病気でもあります。

身体の感覚は問題ない
更に気になるのは、身体が動かなくても心は正常に動き、身体の感覚は残っているということ。かゆくてもかけない、大切な人に「ありがとう」と笑いかけることも出来ないということは、病の説明にはない、精神面のつらさ感じます。そして、だからといって、すぐに亡くなってしまう病気でもないのです。患者さん自身が、そのような過酷な現状で、何を考え感じているのか、知りたいと思いました。

介助者とともに、外出を楽しむこともできる。女子はカフェでのひと時も大切。

実際、複数のALS患者さんに会うと、目の前に現れた患者さんたちは、イメージとちょっと違っていました。
喋れなくても、ボランティア活動や、講演活動をする人。
動けなくても、車いすで介助者と共に飛行機に乗って出かける人。
声が出せなくなっても、様々な手段で会話をする人。
呼吸器を付けても、声を出せる人。
ALSにかかって20年経っても、自力で呼吸をし、食事も摂れている人など。
もちろん、病気であるという事実は変わりませんが、これらのことは、私が調べたALSのどの説明にもなく、症状の進行も、患者の生活もひとりひとり違い、私は紙の情報を見ただけで、本当は何も知らないのだなと感じました。

ALS患者の普段の生活。介助者の努力で患者のオリジナリティが溢れる部屋に。

 人は、知らないこととはつながることが出来ません。そして、見えなくなると偏見を持ちます。彼らの声を社会に届けたい。病気に対する理解を深めて欲しい。患者さんと関わるうちに、段々と、そう思うようになり、取材をスタートすることを決めたのでした。
 さて、私がどのようにALS患者さんと出逢ったのか、この続きは、また次回書きたいと思います。
『これからも生きていく THIS IS ALS―難病ALS患者からのメッセージ』(春陽堂書店)武本花奈(文・写真)
難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、全国に1万人の患者がいると言われている後天性の難病。
喋れない彼らは何を考え見つめているのか、一人の写真家が、視線入力装置などを用いたインタビューと、写真で、彼らの心を取材した。 どんな時も、人生の主役は自分だと感じることができる1冊。

この記事を書いた人
武本 花奈(たけもと・はな)
1973年、埼玉県生まれ。写真家・ライター。聖学院大学政治経済学部卒業。都内コマーシャルスタジオに勤務後、独立。主にコマーシャル・書籍カバーなどの撮影を手がける中、2014年よりALS(筋萎縮性側索硬化症)の取材を始める。
撮影参加ALS関連書籍に「閉じ込められた僕」藤元健二著(中央公論新社)がある。